2012年10月31日

孤独のグルメ・第四話「大泉町のブラジル料理」

本日10月31日の夜中 23:58 から45分間、TV東京(こちら関西ではTV大阪)の『孤独のグルメ』というドラマでブラジル料理レストランがとりあげられるようです。

番組HP: http://www.tv-tokyo.co.jp/kodokunogurume2/

この番組、オリジナルは雑誌連載の人気漫画だそうで「輸入雑貨商のおっさんが毎回ふらりと大衆食堂に立ち寄りひたすら飲み食いするだけ」という一見えらく地味そうな内容なんですが、ユニークさがウケて地道に人気を獲得しついにTVドラマ化となったそうです。

出てくるお店は作者が実際に取材した実在のお店がモデルなので、そんなミシュラン的な実用性もウケている理由のひとつらしいです。

で、今回の放送で主人公が訪問するのは、ブラジル人が多く住む地区のひとつである群馬県の大泉町の、とあるブラジルレストラン。こちらのBLOGの情報によりますとロケした実在の店はこちら、その名もズバリ「レストラン・ブラジル

このお店、私も何年か前に東京に行った際に観光がてら大泉町まで足をのばして入ったことがあります。この店は東武鉄道小泉線の西小泉駅からすぐのとこにあって、シュハスカリア(シュラスコ専門店)ではなく色々な料理の出てくるファミリーレストランです。

そのときに撮影した、西小泉駅のポルトガル語が併記された券売機:
na-estacao-de-nishi-koizumi-da-tomu-sen.jpg


私が住む関西地区でもブラジル料理屋さん(私は"ブラ飯屋"と呼んでいます)が点在していて以前は足しげく通う店もあったのですが、数年前に世界的経済危機が起きて以来デカセギのブラジル人が大量に帰国し、特にブラジル人客中心で食っていた店はどんどん閉店してしまいました。

以前はこちら関西にも、たとえば堺に「カンチーニョ・ド・ブラジル」という店があってこれがまさに今回『孤独のグルメ』で取り上げるお店とよく似た感じの店だったのですが、この店も2,3年ほど前に閉店してしまいました。

そんなこともあって、経済危機前に訪れた大泉町もずいぶん様変わりして、きっと今頃は無くなった店も多いだろうなぁ・・などとぼんやり想像していたのですが、こんなふうに意外なTV番組を通じてまだ健在であることを知ってちょっと嬉しくなり、本エントリを起こしてみました。

それに、『孤独のグルメ』は人気のある作品なのでたぶんこのドラマをみて「こんなのがあるのか、ちょっといってみようかな?」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんね。

ただブラジル料理は多国籍料理のジャンルでもかなりマイナーということもあり、あまり情報もなかったりするのでブラ飯屋にいくときのちょっとしたコツとか、また啓蒙という意味でもブラジル料理についてここで書き散らしてみたいと思います。

- ブラ飯屋でのマナーとルール -

ブラジルというとサンバでフェスタでどんちゃん騒ぎのイメージがあるかもしれませんが、ブラジルのマナー文化は完全に欧州スタイルです。

したがって、ブラジル料理のお店では次のマナーを必ず守ってください。

1. 空いた皿をフリスビーのように投げてはいけません。

2. シュラスコを刺している串でチャンバラをしてはいけません。

3. 他のお客さんに迷惑をかけてはいけません。

4. 給仕のオネーちゃんにセクハラすると犯罪になります。やめましょう。

5. 飲み食いしてお金を払わずに店を出ると犯罪です。やめましょう。

6. アルゼンチンのサッカーを褒めてはいけません。

7. 指でわっかをつくるしぐさ(日本でOKのしぐさ)をやってはいけません。


・・・・・・。
すいません、要するに日本のレストランと同じです。ブラジル料理だから、特にこうしないといけない、なんてルールは基本ないです。

特に日本にあるブラジル料理屋さんは日本人のお客さんももちろんターゲットですので、たとえばお箸も用意してあることがよくあります。

お肉中心なのでナイフ・フォークの方が食べやすいと思いますけど、お箸があるならそれ使って食べても、当たり前ですがまったく自由です。こういうとき「ブラジル料理をハシで食うとかありえない!」などとダメ出しするのはむしろ日本人のブラジルマニアです(たとえば私とか)。

店やお客さんの迷惑にならないなら自分でお金払って買った料理はどう食べようが自由なのがブラジル的な考え方です。

とはいってももちろん「オススメのおいしい食べ方」というのはありますので「こりゃーどうやって食うんじゃ?」と疑問に思ったらお店の人に尋ねましょう。もしブラジルの食事文化においてひとつだけルールがあるとすれば、それはたぶん「コミュニケーションしながら楽しく食べる」ということでしょうね。

お店の人はいつも会話に対応できるとは限らないので、ブラ飯屋はできれば一人ではなく複数人数で行くのがオススメです。食事の量も日本人基準でいくとガッツリと多めにでてくることが多いので、その観点でも複数人数のほうが料理の種類を楽しめるはずです。


ところで上のルールの6番目は半分ジョークですが、半分本気です。サッカーにおいてはブラジルとアルゼンチンは昔から犬猿の仲、ということになってるので‥‥しかしまァこれは「大阪と東京のケンカ」みたいな話のネタみたいなモノなので、実際にはたいして気にして無い、そもそもサッカーにはあまり興味が無い、というブラジル人も意外といます。が、気を悪くする正規軍のサッカーファンもいますので、余計なことは言わないのが吉です。

最後のルール7だけは本当の話で、これはブラジルでは「ケツの穴」の意味なので下品あるいは相手を侮辱するしぐさとされています。しかし、ここは日本にあるレストランであってブラジルではないので実際問題として絶対やってはいけない、ということはありません。実際にやったら「日本人だから知らないだけし、ここは日本だから無問題」と思うだけの話です。もちろん、この意味を知っていてニヤニヤしながら女性店員にそれをしつこく見せ付けるなどといった行為は、ダメです。あたりまえのことですがルール4の違反になります。

- ブラジルの言葉 -

ブラジルの公用語はポルトガル語です。あれだけの大きな国土なのに言葉が統一されてるのはなかなかスゴイと思います。ブラジルの地方によって訛りが相当違うものの、言語としての同一性は完全に保たれています。

というわけでブラジル人はポルトガル語を話しますが、日本にあるブラジルレストランの場合は、もちろんお客さんに日本人もいらっしゃいますので日本語はたいてい通じます。

ブラジル人客中心の店の場合は、日本語が全く話せないブラジル人店員がいることも多々ありますが、その場合も必ず日本語対応できる店員もいて、ふつうはお客さんが日本人だとまず日本語ができる店員、あるいは単に日本人の店員が対応してくるので言葉に関して心配は無用です。

なお、人によりますがブラジル人はだいたい英語は話せないので、英語で話しかけてもほぼ判らないことが多いです。スペイン語は、もしネイティブ並に流暢に喋れるならば、ある程度の意思疎通ができます。しかしカタカナ発音で覚えたぐらいのスペイン語だと、まず通じないです。

- ブラジル料理ってどんな味? -

知らない人からすると、いったいぜんたいどんな味なのか想像もつかなかったりするかもしれませんね。基本、塩・コショウ・ニンニクがベースの味になります。

中南米アメリカのメキシコ料理がえらく香辛料が効いているので、ブラジル料理も結構「辛い」んじゃないのかと想像する人もわりと多いですが、ブラジル料理では際立ってスパイシーな料理はあまりありません。

ある意味拍子抜けするぐらい、ありふれた味付けなので日本人でもごく普通にすぐ馴染む味わいです。モノによってはココナッツオイルをつかったり、非常に甘かったり、えらく濃い油を使ったりするので人を選ぶ料理ももちろんありますが、基本的に「塩コショウ・ニンニク」風味と思ってOKです。

ただし、日本人基準でいうと味付けはやや濃いめです。東京の都心部などの日本人向けの店では、日本人向けに薄味になっていることもあります。

- ブラジル料理各種 -

日本のブラ飯屋でよくでてくる典型的なブラジル料理をいくつか雑学混ぜながら紹介してみます。たぶん、ドラマ『孤独のグルメ』でもこのあたりのものがでてくると思います。

1. シュラスコ(シュハスコ、Churrasco)

日本で「ブラジル料理」と言ってまず思い浮かべるのはこれでしょう。各種お肉を串に刺して焼いたものですが、まあ有り体に言って"バーベキュー"のことです。

シュラスコ専門店は「シュハスカリア(Churrascaria)」といいます。たとえば、関西では神戸や心斎橋などにあるような店です。東京青山/丸の内、大阪心斎橋にある「バルバッコア」はブラジル・サンパウロが本店の有名なシュハスカリア・チェーンの日本店で、ブラジル人もよく行く店です。この "Barbacoa" という単語はポルトガル語ではなくスペイン語でバーベキューを意味する単語だそうです。面白いですね。

店のシステムによりますが、シュラスコ専門店では通常 3000円〜4000円 くらい払って食べ放題(ただし飲み物は別料金)、サラダとかご飯や豆(後で述べるフェイジョン)などの付け合せはセルフサービスで取って、メインのお肉は給仕が串にさしたお肉を各テーブルに持ってまわって切り分けてくれるフォーマットです。

お店によっては色違い(普通は赤と緑)の板切れか札みたいなものがテーブルに置かれている場合があります。初めて入った店だったら説明してもらえるはずですが、これは「緑」を上にしておくと肉がやってきて「赤」にするともうお腹いっぱいなのでいらない、というサインです。ただブラジル方式においては何事もあまり神経質に几帳面になる必要はないので、お肉がまわってきて「いまちょっと無理やー」と思ったら普通に「ゴメンいまお腹いっぱいだからまた後で」といって断ればOKです。逆にもしうっかり「赤」にしてしまって後から食べたくなっても、お店の人にお願いすれば大抵はまたサービスしてくれます。

また几帳面に皿を全部クリアにしてから次のお肉をとらないといけない、とかいうルールも無いので皿に山盛りにならない程よい感じで肉片を集めつつ、ちょっとづつ食べつつやっていけばOKです。

シュラスコ専門店では、最後に焼いたパイナップルのスライスを出してくれることが多いですが、これはシナモンを振りかけて食べると最高なので是非おためしください。

シュラスコ専門店でない場合も、串刺しのお肉のセットのようなものを出していることがあります。エスペト(Espeto, 串)とかエスペチーニョ(Espetinho, ちっちゃい串)とか呼ばれていますが、ぶっちゃけて「串焼き」です。鳥肉が刺してあったらもう完全に焼き鳥(塩)です。

または単に『シュラスコ(Churrasco)』あるいは『シュラスキーニョ(Churrasquinho, ちっちゃめのシュラスコ)』という名称でメニューに載っていることもあります。

2. フェイジョアーダ/フェイジョン(Feijoada/Feijão)

豆の煮込み料理です。その名そのままの"フェイジョン"というインゲン豆を塩コショウ、ニンニクなどで味付けして煮込みます。

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ほぼ具なしで豆だけ煮込んだものが『フェイジョン』で、これにリングィッサ(Linguiça, ソーセージのこと)や豚の耳たぶ(orelha)、しっぽ(rabo)、豚足(pé de porco)なんかを煮込むと『フェイジョアーダ』になります。

いずれもカレーのように皿に平たく盛った白ご飯にかけて混ぜながら食べます。『フェイジョアーダ』に Couve(ケールのこと)のバター炒め、輪切りオレンジ、ファロッファ(キャツサバ芋の粉)を添えると、これを『フェイジョアーダ・コンプレッタ』(Feijoada Completa, フェイジョアーダ完全版)と呼びます。

日本語の Wikipeida 他でしばしば『フェイジョアーダ』=『フェイジョアーダ・コンプレッタ』のように書かれていますが正確な意味はこのように、きまった添え物を合わせて初めてコンプレッタ(完全)になります。

シコ・ブアルキの曲 "Feijoada Completa" はもちろんこれからとったタイトルです。歌詞の中にもちゃんと「Arroz branco(白ゴハン), Couve, Laranja(オレンジ), farofa」が出てきます。

ブラジルは移民国家でポルトガル人が植民を始めてからたかだか500年ほどしか歴史が無いので、「ブラジル料理」といってもほとんどが欧州やアフリカ、中近東などの料理をルーツにもつ多国籍料理です。

たとえば、サンパウロ市出身の人に「サンパウロの名物料理は何?」と訊けば十中八九「ピザ!」と答えるはずです。ピザはもちろんイタリア料理ですが、サンパウロは元々イタリア系移民が多くイタリア文化の影響が強いといわれています。そして実際にサンパウロのピザはレベルが高いといわれています。

『シュラスコ』も名前こそポルトガル語なので独特の料理に聞こえますけど、「ブラジル風バーベーキュー」と言ってしまえば、とくにオリジナル料理というわけではないことが丸判りです。

そんな中で、フェイジョアーダは一応「ブラジルのオリジナル料理」ということになっているため、ブラジル料理の代表といえばこれを挙げることが多いと思います。

ブラジル本国において一番知られている「フェイジョアーダの発祥のルーツ」とされる話は「むかし、ブラジルの農園主たちが豚肉を処分して残った部位(耳たぶ、鼻、豚足、しっぽなど)を黒人奴隷に与えていたところ、それを黒人奴隷達が豆と一緒に煮込んで食べていたのが始まり」とするものです。

しかし実はポルトガルにもブラジルとは違ったタイプではありますが『フェイジョアーダ』と称する豆の煮込み料理があり、他の旧ポルトガル植民地にもそれぞれに同様の料理があることが知られていますので、実際のところこれも完全なブラジルオリジナルではなく恐らくポルトガルをルーツとする料理がブラジルで独自発展したものであろう、と想像されます。

ただ、いかにもイタリア料理そのままなピザなどに比べれば、フェイジョアーダが明らかにブラジル・ユニークな料理に進化しているのは明らかなので「ブラジルのオリジナル料理」といっても問題ないでしょう。

このように「フェイジョアーダは奴隷にやっていた部位をつかった料理」ということなので「ブタの臓物などを煮込む」などと説明されているのをまれに見かけますが、少なくとも私は胃や腸のようないわゆる「モツ」を煮込んでいるのを見たことはありません。

また、耳たぶや尻尾などの部位は日本では食べ慣れませんし、ブラジル料理でもフェイジョアーダ以外で使うことはあまりなく嫌いなブラジル人もけっこういるので、日本のレストランで出されるフェイジョアーダはそういうものは使わずブラジル風ソーセージと豚足しか使ってないことも多いです。

フェイジョアーダはこれ単体で一つの料理で、『孤独のグルメ』の予告編でもチラっと映りますが、壷に入って出されたものをすくってカレーみたいに皿のご飯の上からかけて食べます。

一方でフェイジョンはこれだけ食べる、というよりはステーキとか鳥料理とかいろんな定食のセットとして食べることがレストランでは多いです。たとえばピッカーニャ(イチボ肉)・ステーキセットを頼むと、自動的にフェイジョンもついてくる、みたいな感じです。

ちょっと面白いのが、理由は私も良く知りませんが、ブラジルでは実はフェイジョアーダは出る曜日が決まっています。水曜日と土曜日です。もちろん日本のブラジル・レストランの場合はどの曜日でも出してくれるはずです。

見ての通りフェジョアーダはガッツリと胃にもたれる料理ですので、毎日フェイジョアーダを食べるのはブラジル人でもキツいです。普段の食事ではフェイジョンを中心に食べ、たまにフェイジョアーダも食べる、といった感じなわけです。

ブラジルは土地が広すぎて地域による文化の差がものすごく激しく、おおよそ3つくらいの文化圏がひとつになっているので「全ブラジル人共通の」という表現はなかなか使えないのですが、ごくおおざっぱにいって「フェイジョン」はほぼ「ブラジル国民食」に近い存在といえます。

味付けは塩コショウ味ですが、見た目は黒っぽいので(白いフェイジョンもありますが黒いほうがメジャーです)一見するとおしるこに似た感じがしますが、味はしょっぱいです。

逆にブラジル人は「おしるこ」や「あんこ」など日本の甘い豆(feijão doce)はものすごく苦手な人が多いです。日本でいうと、「ご飯に甘い味がついている」みたいな感じがするようです。現代日本は世界的にたぶん最高レベルのバリエーションとクオリティを誇る食文化なので「ご飯のスィーツ?それもありだろう」となりそうですが、ブラジルも移民文化のおかげで食文化の豊かさにおいてかなり良いほうと思いますが日本には適わないので、味覚に関してはちょっと保守的なところがあります。

サンパウロあたりだと世界最大の日本人コミュティもありますし、欧米経由で日本食文化も入ってきてるので「甘い豆」も食べられるという人もいますが、基本的には食べないといってよいです。

たとえばカエターノ・ヴェローゾは映画の撮影時に来日した際に「(アンコの)和菓子は、見た目は芸術的に美しいがボクは食べられない」と白状しています。

豆の味が塩味だと食べられるので、日本に来たブラジル人がたいてい「納豆が大好きになる」のも面白いです。

3. パステル(パステウ、Pastel)

大型の餃子みたいな料理です。実際にルーツは中国人がもちこんだ餃子、といわれています。

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これはメイン料理ではなく、おやつとかおつまみの扱いです。ただ、店によりますがけっこうでっかいサイズだとこれだけでお腹いっぱいになります。ビールのアテに最高です。ちっちゃいサイズのやつだと、コーヒーのアテ、つまりお茶ウケとしても食べたりします。

中身はチーズ、ハム、ソーセージ、オリーブ、チキンなどなど色んな具が入ります。本来は塩味系ですが、前に私がよく通っていたお店(これも既に閉店)では甘い具材、たとえばバナナなどのパステルも出していましたがこれも意外と美味しかったです。ただ甘いパステルはノーマルではないので、普通のお店にはないと思います。

大きめのパステルは紙で包んで出てきて、それを手にもってカブりついて食べるのですが、具がどっさり入ってるタイプだと中身をこぼしやすいので皿の上でナイフとフォークで切って食べると食べやすいです。連れがいる場合には、そうやって分けながら食べることもできます。

お好みでケチャップ、タバスコなどつけて食べてもよいです。

4. コッシーニャ(Coxinha)


洋梨形のコロッケみたいな見た目ですが、そのまんまコロッケです。ポルトガルがルーツといわれています。

中の具材は日本の平均的なコロッケとは若干違っていて、いちばんポピュラーなのが鶏肉、ほかにベーコンだとかあるいはバカリャウ(タラ)なんかが入ります。クリームチーズがはいることもあります。

これもビールに非常にあいます。おやつ代わりにもよく食べます。

5. キビ(Kibi)

これもブラジルのおつまみとして非常に良く見かけます。"K" のアルファベットはじつはポルトガル語では使いません(正確には数年前のポルトガル語正書法改正までは使いませんでした)

外来語のみに "K" の文字があり、正調なポルトガル語では "Qu" に置き換わるのです(例: Tokyo = ポルトガル語の昔の正式な綴りでは Tóquio )

なので、このキビは外来語です。これはアラブ系移民が持ち込んだ料理といわれています。

ちっこいコロッケみたいな感じですが、もっと中身がギュッとつまっていてボロボロっとこぼれる感じの牛肉のひき肉がはいっています。味は濃い目の塩コショウ味で、スパイシーな味です。

6. ヤシの芽サラダ(Salada de palmito)

パルミット(パウミット, palmito)つまりヤシの新芽を輪切りにしたものを入れたサラダです。ブラジルのサラダとしてはものすごくポピュラーなサラダです。シュラスコ店でもよくでてきます。

ブラジル独自というわけでなく南米一般でよくみられるものだそうです。ヤシの芽自体には目立つ味はありませんがやわらかい歯ごたえが良いです。

ドレッシングは普通のドレッシングもありますが、ブラジルレストランではレモン汁+オリーブオイル+塩こしょうといった酸味系のものもよく使います

7. グアラナ(Guaraná)

ブラジルでポピュラーな炭酸飲料、コーラです。"ANTARCTICA"(アンタルチカ) のブランドでブラジルでは超有名です。日本でもブラジルレストランで頼むとアンタルチカが出てくるはずです。

ちなみにブラジル人は料理の際にアルコール以外ではなんでもコーラを頼むパターンが多く、シュラスコでもコカ・コーラ(いわゆるUSAのコーラ)をまず頼む、という人が多いです。

8. カイピリーニャ(Caipirinha)

これはお酒です。ブラジルのカクテル、といえばまずでてくるのがコレです。

ピンガ(カッシャーサ)という40度から50度ぐらいのサトウキビのスピリッツとライム、砂糖のカクテルです。まずコップに砂糖とライムを切ったものを皮ごといれて棒で押しつぶし、これにピンガと氷を入れて攪拌します。

この説明は若干はしょっていますが本当は順序が大事なので、正しいカイピリーニャのレシピはブラジル人に尋ねると良いです。重要なのは、汁ではなく皮ごとのライムを使うことと、ガムシロップでなくちゃんと粉の砂糖を使うことです。

甘くて口当たりが良いので、けっこう危険度が高い(?)カクテルです。ただし、砂糖を使うので日本人の場合あまり口に合わないという人はけっこういます。私は大好きですが、私の周囲のお酒好きの日本人にはあまり評判がよくないです。

ブラジルの非常に典型的なカクテルとされていますが、意外にブラジル人でも本当の酒豪の人はあまり飲まない印象があります。酒豪だとふつうにストレートでピンガを飲むほうが良いようです。

最近は「カイピサケ(Caipi-sake)」といって日本酒をベースにしたカイピリーニャもあったりしますので、好奇心旺盛な人はチャレンジしてみるとよいかもしれません。

9. バチーダ(Batida)

これもピンガのカクテルです。これはいかにもブラジル的、ある意味カイピリーニャよりはるかにブラジル的なカクテルです。

どこがブラジル的かというと、むちゃくちゃ甘いんです。ピンガとフルーツジュース、砂糖あるいはコンデンスミルクを混ぜます。

じつは「バチーダ」というだけでは正確なメニューにはならず、メニューのリストには混ぜるフルーツジュースによって「バチーダ・デ・ほにゃらら」つまり「何かのバチーダ」という名称になっています。

バチーダ(Batida)というのは「リズム」「ビート」あるいは「心臓の鼓動」とかいった意味です。たとえばバチーダ・デ・ボッサノヴァ("Batida de Bossa nova")といえばジョアン・ジルベルトが発明したとされている「ボサノバ・ビート」の意味です。

たぶんマドラーでカチャカチャカチャとかき混ぜる様子あるいはシェイカーでシャカシャカシャカと振る様子が「バチーダ」という表現になったんじゃないかと推測しますが、正確なところをご存知の方いらっしゃったらぜひ教えて欲しいです。

バチーダ・シリーズでいちばんポピュラーなのが「バチーダ・デ・ーコ」です。ココナッツジュース+ピンガで、白い色をしています。これも口当たりの甘さとアルコール度数のアンバランスさから危険度が高いカクテルですので飲みすぎに注意です。

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ところでココだけの話ですが、日本語の「コ」という発音はブラジルでは「う●ち」あるいは「●んこ」という意味になる"COCÔ" という単語(後ろの『コ』にアクセント)になりやすいので、ブラ飯屋で注文するときは前の『コ』に強勢をおいて「ーコ」と発音したほうが安全です。

でも日本のブラジルレストランで間違って「バチーダ・デ・COCÔ」を頼んでも「●●●のバチーダ」が出てくることは100%無いので安心してください(というかブラジルでもそんなフザケタ話はない‥‥はず)

10.セルヴェージャ(Cerveja)あるいはショッピ(Chope または Chopp)

ビールのことです。瓶入りも缶入りもありますが、缶入りのほうがよく出ると思います。ショッピは日本語でいう「生ビール」のことです。

あまり知られてませんが実はブラジルはビール消費大国で、2010年のKIRINの調査では中国、アメリカに次いで世界第三位の消費量となっています。ドイツが5位で日本が7位なのはちょっと意外な感じですよね。

ブラジルからの輸入品としては SKOL(スコウ)のブランドをよくみかけますが、日本のブラジルレストランでは日本のビール会社の商品も普通に人気があります。

まず日本のビールのクオリティが高いということの他に、ブラジルから輸入するビールは長時間の船便で地球半周以上の距離を運ばれるため日本に到着した段階では既に品質が落ちている、という事情もあるようです。

- ブラ飯屋に実際に行こうと思ったら -

どうでしょう、ここまで読んでなんかちょっと食べてみたいな、と思われたものがあったでしょうか。

もし本当にブラ飯屋に行ってみたいと思ったときは念のため、まず事前に電話してまだ店があるか、また食べたいサービスをまだやっているかどうかを確認しておくのをオススメします。

ブラジル・レストランは先にも述べたようにここ数年でずいぶん閉店あるいは移転していますので、ネットの情報などまだやっているかのように書かれていても実際いってみると既になくなっている、といういことが結構あります。

たとえば冒頭で書きました堺にあった「カンチーニョ・ド・ブラジル」ですが、食べログにはまだこのように情報が残っているのに店は既にありません。

今年の夏ごろに名古屋に出かける用事があったのですが、せっかくのブラ飯屋の集中エリアなので3箇所ほど事前にネットでピックアップしておいたのに、実際に行ってみると2件は既に閉店、1件は当日休業で仕方なく吉野家で食事して帰った、ということが現実にありましたので確認は本気でオススメしておきます。

ブラジル料理屋に電話する場合ですが、普通に日本語でOKです。日本の情報誌や日本語のネット情報が出ているレストランの場合、ほぼ100%日本語は通じます。

まれにポルトガル語で電話口にでてくることがありますが、そのまま日本語で「もしもし。すみません、XXXレストランですか?」などと訊けば直ぐに日本語に切り替えてくれるか、または日本語が出来る人に代わってくれます。

万が一日本語が通じない場合は(まず100%そんなケースはないと思いますが)

「テン・アウゲン・ファラ・ジャポネイス?」(Tem algem fala japonês?, 日本語話せる人いますか)と言えばかわってくれるはずです。

もっともそんなケースではカタカナ発音では通じない可能性が大なので、「ファラジャポネス?」(日本語話せる?)ぐらいのほうがいいかもしれません。

まぁでも、99.9%そんなケースは無いはずです。

- ブラ飯食べてポルトガル語を覚えよう! -

私たちは日本人なのでもちろん無理してポルトガル語使う必要は全くありませんが、せっかく日本にいながらブラジル文化に触れ合えるところに来ているのだし(値段だって吉野家にくらべれば高い)、簡単なポルトガル語を使ってコミュニケーションを図るのも楽しみ方のひとつです。

とりあえずレストランですぐに使えそうな表現をいくつか書き出してみました。

Olá!

発音: オラー!

意味: こんにちは!

万能でつかえる挨拶単語です。挨拶はまずこれです。ポルトガル語の挨拶というとけっこう"Bom dia!"(ボン・ジーア)をご存知の方が多いですが、ボン・ジアは午前中しか使えません(「おはようございます」の意味なので)一方、Olá は全時間帯で使えて、しかも相手が誰でも失礼にならずに使えます。

「オラー!」なんて言うと日本語ではなんだか威嚇してるように見えますが、ポルトガル語ではかなり丁寧な挨拶ですので心配いりません。あまり力まずに軽く「オラー」といってください。本当は『ラ』は"L"の発音ですが、こっちは日本人なのでカタカナ発音でもOKです。

他の挨拶単語: Boa tarde(ボア・タルジ, こんにちは、ただし日中しか使えない)、Boa noite (ボア・ノイチ, こんばんわ),Oi! (オイ, 英語の Hi! の相当、ただしある程度親しい間柄しかダメ)

Bom!

発音: ボン!

意味: 良いです! 美味しいです!

たとえばレストランで「コレ美味しいねえ」という意味でつかえます。サム・アップしながら言うとさらに良い感じです。ブラジル人はサム・アップはよく使います。ただ単に道を尋ねて教えてもらっただけでも挨拶代わりにサム・アップしたりします。

英語の "much" に相当する "muito"(ムイト)をつけて「ムイト・ボン!」というと「すごく美味しい!」という意味になります。

美味しいの表現としては、ほかに "Gostoso!"(ゴストーゾ!, おいしい!)、"Uma delicia!" (ウマ・デリスィア!, おいしい!)などもあります。

Obrigado!/Obrigada!

発音: オブリガード!、またはオブリガーダ!

意味: ありがとう!

この単語の場合は、女性と男性で言い方を変えます。女性が言うときは「オブリガーダ」と言いますが、男性が言うときは「オブリガード」といいます。日本人なのでもし間違えても相手も気にしませんが、本来はこのとおり使い分けないといけない決まりです。

この単語は万能に「ありがとう」の意味でいろんな場面で使えます。"Bom"と同様にムイトをつけて「ムイト・オブリガード」「ムイト・オブリガーダ」と言えばより強調した表現になります。

たとえばシュラスコでお肉をテーブルにサーブしてくれたら「オブリガード」と言う、なにか質問して教えてもらったら「オブリガーダ!」と言う、店をでるときに別れの挨拶代わりに言う、などいろいろ使えます。

逆にオブリガード、といわれたほうが "De nada"(ジ・ナーダ)と言い返すとこれは「いえいえどういたしまして」の意味です。

Desculpe

発音: デスクウーピ

意味: ごめんなさい

この表現は、本当は "Desculpe-me"(デスクウピ・メ)または"Me desculpe"(メ・デスクウピ)なんですが、"me" は省略しても通じますし、ブラジル人も省略することがよくあります。"Desculpa"(デスクウパ)という場合もあります。

ちょっとフォークを落としてしまった、とかそういうときに使えますが、本気で謝罪しないといけないような失態をした場合には中途半端なポルトガル語でなくちゃんと日本語で謝ったほうが誠意が伝わります。

まあレストランではあんまり使うことはないでしょうね。

Até mais!

発音: アテマイス!

意味: じゃあまた!

これも本来は "Até mais tarde"(アテ・マイス・タルジ, それでは後ほどぐらいの意)が正式な表現ですが、"tarde" はよく省略されます。この表現は万能に別れの挨拶として(実際に後から会う気がなくても)使えます。

もっとしょっちゅう耳にするポピュラーな別れの表現としては"Tchau!"(チャウ!)があります。「チャウ」はラフな表現で親しくないと使ってはいけない、などと解説されることもありますが、実際には初対面でも使う人は多くてこれも万能表現のひとつです。

チャウは「チャウ・チャウ」と二回言うのが正調とされるらしいですが、「チャウ・チャウ」と男性が言うとちょっと女っぽく聞こえてしまうこともあるようです。普通は「チャウ!」と一回だけです。

ポルトガル語の別れの表現として "adeus"(アデウス)をご存知の方もおられるかもしれませんが、ブラジルの場合は「アデウス」はもう二度と会わないか、あるいはすごく遠くに行ってしまう場合に使う、あるいは死に別れるなどで使う表現で、もし本当に2度と会うことはないであろう相手であっても、これを言われるとちょっと悲しい感じになります。

ブラジル人は行きずりでちょっと出会った相手であっても「またいつかあいましょうね」という感覚をこめながら挨拶するのが基本的なメンタリティなので、"adeus" はかなり使う機会が限られる表現です。



ブラジル人は人懐っこくて判りやすくウェットなメンタリティの人が多いので、レストランでもちょっとしたとっかかりで知らない人とすぐに仲良くなれたりします。

レストランタイプのお店ではさすがに客同士でコミュニケートするのは難しいですが、カウンタースタイルの店だと客同士で話が盛り上がって「おまいさんエエやつやな!よし俺からのおごりだ!」などとお酒を奢ってもらう、とかまるでドラマみたいな展開も結構ふつうに起きたりします。細かいことをあまり気難しく捕らえずにリラックスして楽しむのがコツです。

それでは皆さん、アテマイス!


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2012年10月30日

オスカー・ニーマイヤー氏が退院

先日のオスカーニーマイヤー氏の件の続報です。

「オスカー・ニーマイヤー氏がリオの病院を退院」
"Oscar Niemeyer recebe alta no Rio"

Globo元記事リンク
104歳の建築家オスカーニーマイヤー氏は27日土曜(現地時間)にサマリタノ病院を退院した。

この10月13日ニーマイヤー氏は気分が悪くなり、脱水症状により2週間入院していたが土曜に退院して現在は家族とともに自宅にいる。

「彼はたいへん元気で、自宅で療養しており、医師の処方に従って水分を多く摂取するようにしている」と側近筋は語った。

彼はこの5月にも同病院に肺炎と脱水症状により入院しており、16日間ICU(集中治療室)で過ごしたのち退院した。

また昨年の4月には尿路感染症により12日間の入院をしている。

オスカー・ニーマイヤー氏は世界的に著名な建築家でこの12月15日には105歳を迎えることになる。

ということで、無事ご退院されたようですね。
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2012年10月26日

アーザ・ブランカ - もうひとつのブラジル国歌

映画『バイアォンに愛を込めて』では、映画の主役であるウンベルト・テイシェイラとルイス・ゴンザーガの共作である "ASA BRANCA"(アーザ・ブランカ)が繰り返し何度も何度も使われていましたね。

この曲はバイアォンの代表曲のひとつであると同時に、ブラジル人のほとんど誰もが知ってる国民曲のひとつでもあります。ボサノバの超有名曲の『フェリシダージ』は知らないというブラジル人でも、この曲はたいてい知っています。そのぐらい有名な曲です。

このことから 「第二のブラジル国歌」などと呼ばれることもあります。他にもブラジル人の誰もが知ってる曲としては、ピシンギーニャの『カリニョーゾ』とかシュシャの『アベセダリオ・ダ・シュシャ』とか、ミッシェル・テローの『アイ・シ・エウ・チ・ペゴ』とか‥まあ探せば意外にたくさんあって"第二のブラジル国歌"の冠もついてたりするのですが、総合的な知名度、ブラジル人とくに北東部の人々が『アーザ・ブランカ』へよせる敬愛の念に鑑みてこの曲が第二国歌ランキングのかなり上位にいるのは間違いありません。

なぜこの曲がこんなにもブラジル人に愛されているのか、このエントリではその秘密について、ポルトガル語雑学を書き散らしながら探ってみようと思います。


映画『バイアォンに愛をこめて』でも語られていますが、最初にこの曲が新曲として出てきた当時は"バイアォン"というジャンル自体がブラジルのマスメディアにとって斬新な存在で、その音楽的な斬新さが引き金となって流行したという側面があります。後のボサノバなんかと同じように「ナニコレ??ナウでヤングでイケてるじゃん!」ということで流行ったわけです。

どういう音楽でも大流行のあとにはどうしても下火がありますが、バイアォンは後発の音楽に席をゆずりつつもブラジル音楽におけるコアジャンルとしての地位を確立し、現代に至るまで影響力を保ち続けることになります。

たとえば、一見バイアォンからは遠い存在にみえるボサノバですが、ボサノバの楽曲にもしばしばバイアォンの影響を見て取ることができます。

たとえばA.C.ジョビンのガブリエラ(Gabriela, アルバム『パッサリン』他に収録、オリジナルはジョビンが映画用に作曲したサウンドトラック)という曲があります。

全体としてはしっとりとした語りかけパターンの曲ですが、ラスト付近のリフレインであまりボサノバ的ではない早いリズムやメロディラインがでてきます。これがまさにバイアォン、あるいはフォホーといった北東部音楽的なモチーフ/リズムなんですね。



この『ガブリエラ』はバイーアの田舎の女性が主人公なので、ちょっと北東部的な何かを取り入れてみました、ということなのかもしれません。ただ、歌詞は "Todo mundo sambar"(みんなサンバを踊る)で結局サンバなところが、やはり根っからのカリオカ(リオ出身)のジョビンというところでしょうか。

日本でもファンが多く私も大好きなMPBミュージシャンの一人であるイヴァン・リンス、彼はいかにもカリオカ系ミュージシャンなのに、バイアォン的な北東部のリズムやサウンドを好んで使うように見受けられます。もちろん彼の音楽の基本スタイルは"ボサノバ後継としてのMPB+欧米モダンミュージック"のフュージョンスタイルですが、彼の楽曲ではしばしばアコーディオン風なシンセサウンドを使いフォホーっぽいリズム・メロディによるアレンジをつけることがあります。

そのほかにも、MPB系のミュージシャンでボサノバやサンバ系とされている人でも楽曲においては多かれ少なかれ必ずバイアォン、フォホー的な雰囲気の曲やアレンジを耳にするのが普通です。

- ポルトガル語の拡大辞と縮小辞 -

ところで"バイアォン"という名称ですが、ポルトガル語を少しかじっていると "BAIÃO" という綴りから「‥ん?もしかして北東部の地名の BAHIA と関係あるんでは?」と思ったかもしれません。‥というか、私は思いました。

つまり綴りの最後が "-ÃO" となっているので拡大辞なのでは?という連想が浮かぶわけです。拡大辞(aumentativos)というのは、名詞や形容詞の末尾にくっついて「図体がでっかい」とか単語の強調として「ものすごく○○」の意味になるものです。例をあげましょう

・sapo(カエル)sapão(こんな感じのやつ
・dinheiro(お金) dinheirão(大金)
・casa(家) casarão(豪邸)
・homem(人間、男) homenzarrão(大男) または homenzarão, homenzão
・burro(アホな人、動物のロバ)burrão(ドアホな人、でっかいロバ)
・amigo(友達) amigão(親友) ※ 「図体がでかい友達」の意味にはならないので注意

基本、名詞あるいは形容詞の末尾を -ão や -zão に変えますがたまに微妙に綴りが変わるときがあります。また注意しないといけないのが、元が女性名詞でも拡大辞 -ão, -zão をつけた場合は男性名詞になります(a cabeça → o cabeção, a casa → o casarão など)

たとえば、

 Uma mulher estava cantando. (とある女性が歌っていた)

の mulher に拡大辞をつけて

 Um mulherão estava cantando. (とある大女が歌っていた)

となるとこれは男性名詞です。

ナヌッ!図体のでかい女は男扱いすんのかッ!と怒られそうな感もなきにしもあらずですが、もちろんその人の生物学的なセクシャリティは女性のままです。あくまで文法上の都合の話です。

文法上、名詞にかかる形容詞の性別は一致しないといけないので、文の組み立てにおいて不都合がおきないように拡大辞には別に女性形の単語もあることが多いです。例えば mulher の場合は mulheraça, mulherona という女性名詞があります。女性形の拡大辞は -ona, -ça がつくことが多いです。

縮小辞(diminutivos)の場合は、性別ごとに -inho -inha を使い分けるのが基本で、むしろ性別を交換して変えてはいけないのが明確なので、拡大辞のほうが微妙に面倒かもしれませんね。

また縮小辞・拡大辞ではしばしばオリジナル単語の意味を離れてしまって全然意味が違う単語になってしまうことがあるので、むやみにルールどおりくっつけて自分が思ったとおりの意味になってると思うとエラい目にあいます。ここは要注意です。

文法上のルールは過信せずに、縮小辞あるいは拡大辞つき単語を誰かが実際に想像したとおりの意味で使ってるのを確認してから自分でも使うようにしたほうが無難です。

言っている意味がよくわからない人のために、面白クイズを書いておきましょう。

Q.1 camisa (シャツ)これに縮小辞をつけると・・・?
Q.2 sapato (靴)これに拡大辞をつけると・・・?

答えは下のほうにあります。

- なぜバイーアは「バイーア」なのか? -

"BAIÃO"と"BAHIA"の話に戻しますと、元の綴りの"BAHIA"(バイーア)は "H"(アガー)がついていますがこの "H" は発音しませんので、発音上は「湾」という意味の単語 "BAÍA"(バイーア)と同じになります。で、もしこの "BAÍA" に拡大辞をつけたとすると、"BAIÃO" になるだろう、というわけです。

ところで"バイーア"はなんで "BAHIA" なんでしょうね??どんな土地でも土地の名前には必ず由来があるはずです。

例えば次回オリンピック開催地であるところのリオ・デ・ジャネイロ(RIO DE JANEIRO)は直訳すると「1月の川」の意味ですが、これはポルトガル人探検隊が1月にかの地に到着し、グァナバラ湾を川と勘違いしたのでこの名前になったんですね。

バイーアの地はポルトガル人が最初にブラジル植民の拠点とした場所で、まず "baía de Todos-os-Santos"(トードス・オス・サントス湾)を臨む沿岸に移民村が建設され、これが発展して後のブラジル植民地主都、そして現在のバイーア州都となるサルバドール市となりました。

このブラジル最大であるだけでなく世界で第二位の広さを誇るトードス・オス・サントス湾は、この湾を発見した1501年11月1日が、キリスト教における「諸聖人の日(Dia de Todos-os-Santos)」であったため、この名前がつけられました。

そして早い時期からこの周辺の土地は"バイーア"(湾)と呼称されるようになっていたらしいです。しかし先に述べたとおり"バイーア"の綴りには普通名詞の「湾」と違って "H" が入っています。なぜでしょう?

Wikipedia の日本語版ページをはじめ、日本語の情報ではわりとあちこちで「この理由はあまりよく判ってない」という説明をみかけますが、私が改めて調べてみたところ(といってもビール片手にピーナツをボリボリやりながらグーグル先生に聞いてみただけですが)こんな説明がありました。

バイーアの綴りの由来の解説その1

バイーアの綴りの由来の解説その2

この説明によりますと、昔のポルトガル語では母音接続、簡単に言うと2つの母音が続く場合は綴り上、母音の間に "H" を挿入する文法だったようです。これが時代が下るに従い "H" の代わりにアクセント記号で表記するようになったとのことです。

例:
sahida(→ saída, 出口)
pirahi(→ piraí, 生皮の鞭、インデオの言葉で小魚)
jahu(→ jaú, 大なまず、吊り足場)


"baía"(湾)もこの例で、昔の綴りでは "bahia" と表記していたんですね。しかも上の説明に従うならこの土地だけでなく、一般に「湾」という普通名詞を表記する場合もすべてこの綴りだったと考えられます。

時代が下るにしたがって、普通名詞の"バイーア"つまり「港」は "H" の代わりにアクセント記号で表記するようになりましたが、"バイーア"の土地の名前は伝統的な綴りを保存して "Bahia" となった、というわけです。

もちろん現代では「バイーア州」の "Bahia" において "h" を抜くことはできません。こういう固有名詞となったからです。ジョアン・ジルベルトの歌にもありますね "Bahia com H" (H という字がある綴りのバイーア、という意味)と。

さて脱線しまくってますが、ぶたたび "BAIÃO" に話を戻します。

- で、結局 BAIÃO の名前の由来は?? -

いきなり腰砕けですが、調べたところ実は "BAIÃO" の名前の由来の明快な答えはないことが判明してしまいました。

もっとも、こういった古い民族的背景をもつ音楽では当然のことですね。例えば "samba" も同様にある程度の経緯はわかるものの、いつ誰がその単語を発明したか?となると正確なところはもはや誰にもわからない、というのが実際です。

ただある程度「こうだったんではないかなー?」という推測はできます。1972年のルイス・ゴンザーガへのインタビューによると「バイアォンは私がテイシェイラと始めたときには既に地域の音楽としては存在しており、また"バイアォン"という名称も存在していた」ということです(参考リンク)。

同じインタビューで彼は"バイアォン"という名称のルーツについて「"baiano"からきているという人は何人かいたし、また"大きな湾"が語源だ、という人もいたね」と述べています。

ここで "baiano" (バイアーノ)というのは「バイーア出身の」という意味ではなく、バイアォンの前身として流行した北東部の音楽ジャンルのことを指します。そしてこの音楽の名称 "baiano" は地域名 "Bahia" から来た単語ではなく、「踊る」という動詞の "bailar", "baiar" から発生した、とされています。

音楽的にいっても "baião" は "baiano" の申し子であり、その "baiano" は "baiar", "bailar" の単語から発生しているので、最初に想像したように固有の地域名 "Bahia" と関係あるかといえばおそらく関係ない、といってよさそうです。

- ところでアーザ・ブランカってどんな鳥? -

さて、いよいよ "ASA BRANCA" を見ていきましょう。

たとえばテレビ番組で、皮ジャンを着たゴッツいおっさんの乗るハーレーダビッドソンがUSAのだだっぴろいフリーウェイを疾走していると、なんとなく"BORN TO BE WILD"が流れてくるイメージありますよね。

またニュース番組でサッカーの試合のカットシーンつなぎが出ると、なんとなく "サンバ・デ・ジャネイロ" が流れてくるような気がしてきます。ちなみにこの "サンバ・デ・ジャネイロ"、この有名なトラックをつくったのはベリーニというドイツ在住のドイツ人グループです。この曲はサンプリングによる構成なのでオリジナル曲があり、それは Airto Moreira の "Tombo in 7/4" という曲です。興味ある人は一度調べてみると面白いですよ。

同様にブラジルのTV番組で、荒れた原野と牛、カウボーイがでてくると自然にかかってきそうな曲、それがこの "ASA BRANCA" です。

"ASA BRANCA" を直訳すると『白い翼』。荒れ果てた田舎の土地では生活することができず、女性に別れを告げて都会へ出て行く、そんな望郷の念を歌った曲です。

なんかこう、白くて立派なタカのような鳥が、荒れ果て乾燥した原野の雲ひとつない青空の高みをスススーっと滑空していくイメージがわいてきますか‥?

実はこの曲のタイトル 『アーザ・ブランカ』 は、シコ・ブアルキとジョビンの『サビアー』という曲と同様、実在の鳥の名前からとっています。どんな鳥なんでしょうか?ちょっとポルトガル語版のWikipediaから画像を引用してみましょうか‥

"Asa-branca"のポルトガル語版項目リンク

pomba-asa-branca.jpg

はい、こいつです。

えええええーーー?????どこが『白い翼』やねん!!!!
 ‥‥‥と騙されたような気になった人はけっこう多いはずです(笑)

たしかに羽の先っちょのほうが白いですが‥まァぶっちゃけパッと見、さえないルックスの鳥ですよね。この単語は『白い翼』というよりは本当は「ホオジロスズメ」みたいな名前と同じたぐいの『シロツバサ鳥』という意味合いなわけです。

一般に asa-branca あるいは pomba-asa-branca と呼ばれていて、ハトの一種だそうです。主に荒野に住んでいるイメージがあるようですが、実際には日本のカワラバトと同様、街でも森でも山でもどこでもいる鳥で、要するにとりたてて珍しい鳥ではなく身近な「ハト」なんですね。

- アーザ・ブランカ歌詞分析 -

それではいよいよ "ASA BRANCA" の歌詞についてみていきましょう。

曲名でググル検索するとトップにでてくる、ブラジル人がよく使う歌詞データベースサイトに、ブラジル人が書き出したと思われる"ASA BRANCA"の歌詞があります。

この曲ではまず、ポルトガル語の発音が特徴的なのに気がつきますよね?この歌詞サイトでは、あえて"正しい綴り"ではなくブラジル人が耳で聞き取った、音を写した綴りが書かれています。

まず最初の2行

Quando "oiei" a terra ardendo
Qual a fogueira de São João


字面だけみると "oiei" ってコリャなんじゃ??辞書にもないぞっ!! と混乱しますが、これは "olhei"(見た)という単語を、歌の舞台になっている北東部の田舎訛りの発音にするとこうなるわけです。

実際オリジナルの Luiz Gonzaga のバージョンではこの通りに発音しているのがわかります。 "terra" も普通は"テーハ"ですけども、ちょっと巻き舌がはいった土地風の発音になっています。

導入部の、この独特の発音だけで、もう歌の雰囲気・世界観がガチっと固まるところがじつによく出来ています。まさに「ツカミはオッケー(死語?)」って感じです。

導入部の歌詞の意味は「まるでサン・ジョアンの焚き火みたいに焼けつく土地を見たときに」ってことです。サン・ジョアンは英語でいうセント・ジョーンつまり聖ヨハネですが、この歌詞ではブラジルでクリスマス、イースターとともに三大イベントのひとつとされる"フェスタ・ジュニーナ"の典型的なイメージであるところの大きな焚き火のことを言っています。

そしてこの"フェスタ・ジュニーナ"というのがまた"田舎のイメージ"のお祭りなんですね(お祭り自体は特に田舎だけのモノというわけでなく都市でも、日本のブラジルコミュニティでもやります)

さて「焼きつくされるわが郷土をみた時に」どうしたのか、それが次に出てきます

Eu perguntei a Deus do céu, ai
Por que tamanha judiação


続きはこうです。「おいらはお空の神様に訊いたんだ、アー、なんでまたこげな酷い仕打ちなんだべさ、と」

"Deus" はもちろんキリスト教の神様のことです。ポルトガル語ではキリスト教の神様は冠詞をつけず、大文字から書かなければなりません。

"ai" は悲嘆などをあらわす感嘆符みたいなものですが、特に意味もなく「やーれやれ」みたいな言い回しとしても使います。またブラジル人が痛いときには"Ai!"(イテッ!)といいます。

ここまでの数行の歌詞と独特の発音でもって、歌の主人公が北東部乾燥地域(セルタォン)の田舎の出身であり地元で真面目に善良に生きてきた普通のカトリック教徒であって、灼熱の故郷に雨が降るように神様にお願いしているのにまるで報われない、その苦しみを歌っているという情景が一気に描き出されるわけです。見事ですね。

この後、乾燥と灼熱で作物は何もかも枯れ果てて、持っていた家畜は全て死んでしまったという話が続きます。"fornaia"(=fornalha), "farta"(=falta), "prantação"(=plantação)と土地の訛りを駆使しつつ、"Por farta dágua morreu meu gado" ではなく "perdi meu gado"(私は家畜を失った)と一人称で表現することで、「主人公は家畜を飼って生活していたのにそれらを全部失った」という状況を簡潔に表現しています。

続くフレーズが、歌のクライマックスです。ここでポルトガル語的にちょっと面白い単語が出てきます。

Inté mesmo a asa branca
Bateu asas do sertão


「とうとうアーザ・ブランカ(ハト)も、このセルタォン(北東部の荒野)から去ってしもうた」

"Intonce" eu disse, adeus Rosinha
Guarda contigo meu coração


「んだもんで、おいらは言ったんだ、"さようならロジーニャ"と」
「おいらの心はおまえさんとずっといっしょにいるからね、と」

"Inté" というのは普通にいう "Até" のことです。日本の辞書を見ると「Até の古語」となっていますが、実際には今でもこのアーザブランカの舞台となっているようなペルナンブッコあたりでは使うそうです。

"Intonce" も同様に "Então" の田舎風の言い回しです。"Intonce"は"Intoces"あるいは"Intônce"とも表記・発音されます。

"Bateu asas" これは決まった言い回しで、鳥がどっかへ飛んで行っちゃう(foi-se)、ていう意味です。

"bater" は「叩く」という動詞で、たとえば手をパチパチパチと叩く(拍手する)のを "bate palmas" といいます。

"asas" は両翼(asa の複数形)ですから愚直な直訳では「両翼を叩きあわせる」ですが、"bater asas"はつまり「羽ばたく」という意味の表現なんですね。例えば

"As gaivotas podem voar sem bater as asas."

この文の意味は「カモメ達は羽ばたかなくても飛ぶことが可能だ」そしてこの場合は「羽ばたく」の意味ですが、

"A gaivota bateu asas."

となると「そのカモメは飛んでどっかへ行ってしまった」という意味になります。基本、過去形になると「飛び去った」という意味合いが強くなる感じです。

さて、この節のイントロでいよいよ歌のタイトルである『アーザ・ブランカ』がでてきます。日照りと乾燥で作物も枯れ家畜も死に、そしてアーザ・ブランカつまりハトまでが乾燥に耐えられずどこかへいってしまった。

先に画像で見たように、アーザ・ブランカはカッコよくてシュッとした猛禽でもなく白鳥のように美しい鳥でも孔雀のようにきらびやかな鳥でもなく、そこらの野原に住むごく普通の地味なハトです。つまりこの鳥は、このセルタォンで生まれ育ち暮らしてきた主人公の象徴なんですね。だからこそ、この歌のタイトルは "ASA BRANCA" なんです。

そして去ったハトに自分を重ねるように、主人公も決意をします。愛する Roshina さんに別れをつげてどこかへ稼ぎにいかなければならない。別れは告げるけど、心は決して Rosinha さんからも、そしてこの故郷の地からも離れはしない。

ところでその Rosinha さんて誰??? まあ歌詞なんで、はっきり誰ということはなく普通に考えるとたぶん主人公の妻であろう、ということになるわけですけど、ルイス・ゴンザーガは他にも、そのものズバリの "Rosinha" という歌や、"O Casamento da Rosa"(ローザの結婚)という曲を歌っていて、彼にとってタダナラヌ存在である誰かの名前であることは明らかです。

じつは彼の歌によくでてくるこの "Rosinha" は、ルイス・ゴンザーガの娘さんの Rosa Maria だと言われています。Rosa + 縮小辞で Rosinha つまりローザちゃん、ということです。

続くフレーズでは動詞の時制がギュッと現在に引き寄せられ、故郷を遠く離れたいま現在の状況を歌っていることがわかります。

Hoje longe, muitas légua
Numa triste solidão


「今は遠く何レグアも離れたさびしい孤独の中で」

Espero a chuva cair de novo
Pra mim vortar pro meu sertão


「おいらを故郷へもどしてくれるその雨が再びセルタォンに降るのを待ってるんだ」

"Hoje" は「今日(today)」という単語ですが、「今は」という表現としてもよく使われます。"Hoje em dia" というフレーズは「今日では」「現代では」という意味の定型フレーズです。

"légua"(レグア) は昔のポルトガル・スペイン勢力圏で使われていた距離の単位で、語源はイギリスの「リーグ」と同じだそうです。国や時期によって値が微妙に異なるらしいですが、ブラジルでは6600メートル=1レグアとされています。

ここまで「乾燥でどうにもならず愛する人に別れをつげた」という過去を歌ってきたわけですが、この一行によって実ははじめから自分が歌っている今この場所は故郷を遠く離れたどこかの地(おそらく都市)であったことが一瞬でわかるわけです。

"Pra mim vortar(voltar)" もちょっと田舎っぽい言い回しで、厳密にいうと文法的に間違いで本当は "Para eu voltar" なんですが、けっこう使う人は多いそうです。この形のときに "Pra mim" を使うのはわりと内地の人が多いそうなので、昔は普通に正しい表現だったりするのかもしれません。

そしてラスト、締めくくりの節です。

Quando o verde dos teus "óio"
Se "espaiar" na prantação
Eu te asseguro não chore não, viu
Que eu vortarei, viu meu coraçao


「いいかい、農園におまえさんの目のような緑がもどってきたら」
「そしたらおまえさんに約束するよ、もう泣かなくていいんだと」
「かならず帰ると約束するからね、おまえさん」

"viu" は口語や歌詞においてものすごくよく使われる表現で、愚直な直訳では「見た/会った/判った(いずれも三人称)」ですけどももちろんそういう意味ではなく、単に語呂をよくするために付け加えたり、相手をさとしたり、語りかけたり、いろんなケースで文末に付け足します。

文末に"viu"が出てきた場合それをいちいち翻訳する必要はなく、極論すれば無視してもだいたい文意は変わりません。が、"heim", "né", "tá?", "entendeu" などこの種の、意味もなく文末にやたらついてくる表現はポルトガル語の、とくに口語の場合は頻繁に出てきてそれが調子を整えニュアンスを伝えるので、ネイティブの感覚を身につけるには覚えるというか、本能的にこのノリが身につくようにがんばって訓練していく必要がありそうです。

"o verde dos teus "óio"(olhos)"  はそのまま訳すと「あなたの目の緑」ですが、"se espaiar(espalhar) na plantação" 「農園に広がる」と続きますので、文意は「農園に緑がもどってきたら」ということです。

最後の "meu coraçao" は明確な目的語や主語ではなく、歌でよくある "meu bem" なんかと同じ一種の語りかけですが、これは3つぐらいの意味がかかっていると思われます。まず望郷の念にさいなまれる自身の心、そして故郷で待つ Rosinha さんのこと、そして懐かしい故郷の土地そのものです。

ラストの数行のフレーズで「いつかは必ず故郷にもどるんだ」という固い決意、故郷や故郷で待つロジーニャさんへの深い愛情を表明して曲は締めくくられます。


こうしてみると、各々の表現はこんなにもシンプルで具体的な固有名詞はほとんど何もでてこないのに、明らかにある特定の土地に関連した特定の人々の状況の歌であることがクリアーにわかるようになっており、しかもそんな土地に根付いたローカルな題材を扱っているのにもかかわらず結果的には誰にも通じる普遍性のあるテーマになっている、というよくできた構造なのがわかります。

『アーザ・ブランカ』は、ブラジル文化のルーツとなる歴史背景、音楽スタイル、歌詞の内容、そして独特の発音、これらが全部がシンプルにコンパクトにまとめられていて普遍的に心に──とくにブラジル人の心に──共感するものがある、それゆえに『ブラジルの第二の国歌』と呼ばれるほど長く愛され続けている、というのがなんとなく判るような気がしますね。

いい歌です。


- クイズの答えはこちら -
posted by blogsapo at 02:35 | Comment(0) | TrackBack(1) | ポルトガル語雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月23日

オスカー・ニーマイヤーが入院、しかし退院させて欲しいと頼む

前回の続きのバイアォンの話題の前に、瞬発的な時事ネタをひとついれておきます。

昨日あたりにどうも"オスカー・ニーマイヤー氏が死去"という誤報が流れたようですね。

もし本当にオスカー・ニーマイヤー氏がお亡くなりになるような事があれば、まず国葬かそれに準じる扱いになりますし、恐らくどこかの通りがニーマイヤー氏の名前に変わったり、ひょっとするとブラジリアの国際空港の名前が"オスカー・ニーマイヤー空港"に変わる、といったレベルの扱いになると思います。

しかし FolhaGlobo みても全然そんな話題ないし、なんなんだろう?と思ったのですが検索してみたらこんな記事がありました。

"Arquiteto Oscar Niemeyer é internado no Rio"
「建築家オスカー・ニーマイヤー氏がリオで入院」

Folha記事リンク
10月13日土曜(現地時間)より建築家のオスカー・ニーマイヤー氏(104歳)がボタフォゴの病院に入院している。
ニーマイヤー氏は今年5月にも肺炎と脱水症状により入院、16日後に退院した。

現在も入院中ですが、容態は安定しているようです。それだけでなくこんな記事がありました。

"Niemeyer pede para sair do hospital porque 'precisa trabalhar', diz sua mulher"
「ニーマイヤーは'仕事があるから'退院させてくれと頼んでいる、と彼の妻が語る」

Folha記事リンク
この金曜(19日)に妻のヴェラ・ルーシア(Vera Lúcia Guimarães Niemeyer, 67歳)さんが語ったところでは、オスカー・ニーマイヤー氏は"仕事しないといけない"から退院させて欲しい、と頼んでいるとのことだ。

彼は脱水症状により13日土曜よりボタフォゴの病院に入院している。

妻のヴェラさんは、「夫の状態は『前進』している、また医師は既に一通りの処置をし終えている」と述べている。

ニーマイヤー氏はこの金曜に退院するはずだったが結局「次週まで様子をみましょう」ということになった、とヴェラさんは先週の水曜に語っていた。

ヴェラさんは現在ニーマイヤー氏が手がけた数々の美術館に関する本を制作しているが、それについて打ち合わせするため事務所にいかせてくれ、とニーマイヤー氏は頼んでいるという。本はヴェラさんが編集する予定だが、発売日は未定である。

Fernando Gjorup 医師によると、ニーマイヤー氏の意識はハッキリしており人工呼吸器をつけることもなく食事も普通にとっていて、『容態は安定している』ということだ。

100歳近くなってから40歳もの年の差婚をやったり、104歳で入院してもまだ仕事の意欲が衰えないという、ものすごいバイタリティに感心するばかりです。ほんまにスゴイ人ですわ。
posted by blogsapo at 18:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | ブラジル時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月20日

ブラジル映画祭2012 いきました

8th-festival-cinema-brasil.jpg

さて関西の皆様方ブラジル映画祭2012、見られましたか?本日で大阪シネ・ヌーヴォの分は終わりですが、この週末からまだ京都もありますのでまだチャンスありますよ。ただし京都は上映回数が少なめなので、お目当ての作品の時間はよくチェックしたほうがよいですよ。

私は先のエントリでご紹介した2作品を見てきましたがどちらも満足度の高い素敵な作品でした。

エリス・レジーナの方は、ライブDVDをスクリーンに流すようなもんかな?と、正直それほど期待してなかったんですけども、いやいやいや、これこそ是非スクリーンで見たほうが良い映画でした!

まず、ライブ映画といっても元がTV放映用のスタジオライブですので録音が非常に良い。それとコレ実際に見に行った方には良く判ってもらえると思うんですけど、この映画をシネ・ヌーヴォのような小型の映画館で流すとまるで本当のライブを見てるかのような臨場感があるんですよ。

それと肝心の内容なんですが、事前情報で『あんまり説明はなくてエリスのモノローグと音楽だけで構成されている』ということだったので、音楽中心の雰囲気映画と思ってたんですけど、実際みてみたらそんなことなくて、しっかりと『エリスのドキュメンタリー映画』になっていました。

といっても "エリスのモノローグと音楽だけで構成" っていうのは全くその通りで、説明的なナレーションやインタビューとか、名所ロケとかそういう普通のドキュメンタリー風なモノは一切ありません。

全てスタジオの中のエリス、そしてバックトリオのルイザォン・マイア(Luisão Maia, ベース), パウリーニョ・ブラガ(Paulinho Braga, ドラム), セザル・カマルゴ・マリアーノ(César Camargo Mariano, ピアノ)だけで繰り広げられる、100分ほどの白黒のライブ映像のみによる構成です。

このエリスのモノローグの尺が意外と長くて、曲の合間にエリスが自分の生い立ちから始まり、自らのキャリアの時々にかかわった人たちとの思い出やら嫌いとか好きとか、そういう人間関係や想いを赤裸々に語っていきます。

MPBってナニ?エリス・レジーナって誰ぞ?っていう人がいきなり見てもさすがに「で、あのおばちゃん誰やったん?」で終わってしまいそうですが、ボサノバ・MPB あるいはエリス・レジーナについて、CDについてくるライナーノーツを読み流み程度の知識がある人だったら、この映画の入り込み方はグッと違うと思います。

この映画を見ることで「エリス・レジーナとはどういう人なのか?」というのが、文章に書かれているモノとは違う、目の前に座っている一人の女性と対話する感触として伝わり、なるほど等身大のエリスってこうだったんだ、というのが判ったような気にさせてくれる映画だと思いました。

曲目もライブものにありがちな、その当時売りのアルバム中心というわけでなく、まんべんなく色んな時期の色んなコンポーザーの有名曲ばかりセレクトしてあり、それをセザル・カマルゴ・マリアーノが手がけたクォリティの高いアレンジと演奏でしっとりと聞かせてくれる、曲を聴いてるだけでも満足度が高い内容となっています。






『バイアォンに愛を込めて』は、こちらはインタビュー、ロケ、資料や歴史の紹介などによる正統派なドキュメンタリー映画です。ドキュメントテーマは"バイアォンの博士"こと作曲家ウンベルト・テイシェイラ(Humberto Teixeira)ですが、内容としてはご本人の話題5割、ルイス・ゴンザーガ3割、そのほか3割(ん?1割オーバーやがな)といった感じでバイアォン音楽シーンの隆盛全体を語る内容となっています。

バイアォンというのは今世紀の日本では一部マニア以外にはあまり知られないブラジル音楽の1ジャンルですが、映画の中でジルベルト・ジル先生が「ブラジル音楽には2つのルーツがある。ひとつはサンバでもうひとつがバイアォンさ」とおっしゃっておられるとおり、ブラジル音楽におけるきわめて重要なルーツミュージックのひとつとされています。

人によっては、「ハテ‥‥これはどういうことなのか??ブラジル音楽のルーツはサンバではなかったのか??」そう思う方もひょっとしたらいらっしゃるかもしれません‥‥どうでしょう、内容が気になりますか?気になったらぜひこの映画を見ましょう!!

ところで Luiz Gonzaga もそうですが、このウンベルト・テイシェイラ先生も北東部の内地の出身なので考え方がマッチョなんですね(映画の途中で元奥さんが彼を"マーッショ!"と批判しますが、ポルトガル語でマッチョのことです)。つまり男性優位主義で現代の価値観で見ると家庭や女性をかえりみないところがあり、どうしても家庭のごたごたが多くなる。この映画では一応そこらへんを軸としようとしたっぽい痕跡があるのですが、全体としてはそういうテーマは薄い感じです。なので、普通に良質な音楽ドキュメンタリーとして見て良いと思います。

内容もすごく面白いのですが、なんといっても全編に流れるバイアォンの音楽がとても楽しい。同席した映画館の観客も老いも若いも関係なくみんな微妙に体がノリノリになっていて日本人だから控えめにしてますけど本当だったら踊り出したいところなんではないかという感じで、私自身、放映中ずっと体がノリノリになってた記憶があります。映画館でてからもしばらく"ASA BRANCA"のメロディとリズムがずーーーーーっと頭を離れず、一人で電車に乗っていても知らず知らずニヤニヤしていました(ヘンなおっさんです)。



この映画のテーマ曲であるところの"ASA BRANCA"については、次のエントリでひさしぶりにポルトガル語ネタからめてちょっと書いてみたいと思います。
posted by blogsapo at 02:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | MPB, BossaNova | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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