2013年03月27日

Nexus7 レビュー: カメラの試し撮り

前回 Nexus7 についてレビュー書いたの何時だっけな?と思って確認してみるともう4ヶ月も前でした。

4ヶ月つかってみての感想としては価格に対する満足度がものすごく高いな、ということですね。手ごろな大きさで持ち歩いても全然苦にならない軽さもあって自然に使う機会も多くなります。

ぶっちゃけた話、際立ってトンガった部分があるわけでもなく異常に性能が良いとかいうわけでもないんですけど、トータルバランス、安定して普通にほどよい塩梅、その普通に使えるところが良いんですね。

Nexus7 が出るまでの Android タブレットというと、高価格帯の製品は悪くないが低価格とくに3万円以下のクラスになると、動作がトロかったりタッチパネルの反応が悪かったり液晶の品質が悪かったりバッテリーの持ちが悪いとか、あるいは GooglePlay が搭載されてなかったりなど、価格のために何かしらが妥協されていて「安物買いのゼニ失い」になりかねない商品が多かった印象があります。

そういう「安かろう悪かろう」というイメージを払拭したのが Nexus7 といえます。とはいえ、この安価に収めるために何も犠牲にしていないというわけにはいかないので、微妙なところでちょっとずつ妥協している箇所があるのも事実です(でなきゃ、もっと高価なタブレットを誰も買わなくなりますよね)

たとえば、全体の作りは、チャチではないですが正直、高級な質感というわけでもないです。

しかし持ったときのホールド感はなかなか良いです。背面がちょっとゴムっぽい質感ではじめは安っぽいかなーと思ったのですが、むしろこれでホールド感をよくしているんですね。背面なんて使ってるときは目に入りませんしね。ただ電源やボリュームのボタンがちょっと押しにくく、ここは改善してほしいと思いました(しかも手探りのとき位置がわかりづらく誤操作しやすい)。

液晶表示面を囲むベゼル部分(枠部分)の特に上下の部分がけっこう広くてこれも、「ちょいダサかなー」とか思ったのですが、実際使ってみると案外これが使いやすいことに気がつきました。設計時に狙った効果ではなく単に安くするためにこうなっただけかもしれませんが、実際にベゼルの下辺が広いほうが片手で持って支えやすいんです。親指を手前からベゼルに添えて背面を平でささえる形にする場合に、もしベゼルが狭いと親指で抑える場所が端っこになるので、持ち辛く落とし安くなる、というのがイメージしていただけるでしょうか。

最近は有名メーカーのスマホのパネル表面は頑丈なゴリラガラスが標準的になってきましたが、実は Nexus7 はゴリラガラスではありません。こちらのBIGLOBEのセット売りの宣伝ページによると"傷がつきにくいゴリラガラスで有名な、コーニング社の傷防止ガラスを使用しています"ということなので、ゴリラガラスの廉価版のようなものを使っているんでしょう。廉価版といっても違いはほとんど気がつかない、鈍感な私なんぞはてっきりゴリラガラスだろうと思い込んでいたぐらい、ツルツルでカッチンカッチンの頑丈そうな素材です。

私はガジェットに保護フィルム類は使わない派なので、Nexus7 も何も貼らずにむき出しで使ってますが(持ち運びは保護袋に入れてます)、4ヶ月たっても特にキズなどはついておりません。指紋でベタベタになっても液晶クリーナーで拭くと新品同様にトゥルントゥルンのピッカンピッカンになります。

バッテリーの持ちはこの大きさにしては十分頑張ってるんじゃないでしょうか。ここの記事によるとトップクラスではないものの7インチタブの平均は十分に上回っています。普通の使い方なら2,3日に一回充電、外でちょいちょいネットを見る程度で使わないときは電源は切っておく使い方なら1週間に一度くらいの充電でもいけます。

重量もこのサイズにしてこれは十分に軽いほうだと思います。価格のために妥協して重くなってしまった、という風には感じられません。スペック上もっと軽い7インチタブも有りますが、数十グラム程度の重量の違いは実際よりも外観や手ざわりの感触で人間は錯覚するそうなので、重量に関してあまり過敏にスペックを気にしても意味無いかもしれません。NEC の MEDIAS N-08D タブぐらい軽いと『世界最軽量!』ということでスペック的自慢ポイント(?)になるので意味が出てきますけどね。

動作速度、タッチパネルレスポンスについても全く不満ないです。価格のための妥協点は見られず、速度・レスポンスについては現時点の高価格帯も含め各種 Android タブレットを全部ひっくるめた中でもハイエンドクラスと考えられます。CPU/GPU は Tegra3 でモバイル用では高速な部類ですがそれ以上にASUSによるOSの最適化が功を奏しているらしくベンチマークの数値も良いようです。

Nexus7 はGPSも搭載していますが、以前買った同メーカーASUSの TF101 Transformer のGPSがかなりヘボだったので、正直あんまり期待してなかったのですが、試しに Nexus7 の GPS を使ってみると思いほか良い感じで使えました。つかみ、精度、感度いずれも普通に使えるレベルだと思います。

内蔵スピーカーはチャチな安物のスピーカーの音ですが、音が割れるとかマトモに聞こえないとか言う事もなく普通にチープな音がでます。可もなく不可もない7インチタブに必要にして十分なスピーカーです。

イヤフォンジャック経由の音はスピーカーほどチープではないですが、中国製のパチモンガジェットのようにノイズが酷いとかチープすぎるという程ではないにしても、専用の音楽プレイヤー(ウォークマン等)に比べると劣ります。携帯に平型の変換コネクタつけてイヤフォンで音楽聴いてもノープロブレムという人なら音楽プレイヤーとして使うのもアリといえばアリです。

Nexus7 を低価格に抑えるための各種の妥協点(らしきもの)についてみてきましたが、明確にはっきり割り切った妥協点と思われるのがカメラでしょうね。

Nexus7 にカメラはついてません‥‥いや、実はついてますがビデオチャット用のウェブカムと割り切ったものです。フロント、つまり液晶表示面の側にインカメラがついてますが、背面にはカメラ無いんです。画質も120万画素というスペック数値に相応なレベルです。

タブレットPCを買う人ってたぶんスマホや iPhone も持っている人が多いと思うんですけど、要するにこのタブ買うひとはスマホにカメラあるでしょ?タブにはいらないでしょ?っていう事かと思います。

箱出しの標準状態ではカメラアプリさえありませんので、この Nexus7 のオマケみたいなカメラで写真を撮るには、まずカメラアプリを探してきてインストールする必要があります。GooglePlay で "Nexus7 カメラ" などのワードで検索しますとカメラ起動アプリが出てきますのでそれをインストールします。いずれも ASUS 公式に Nexus7 用として出しているアプリではないのでその点留意が必要です(それが存在するならプリインされてるハズですし)。

Nexus7 のオマケカメラ、どれくらいの画質なのか実際に試し撮りしたものをUPしてみました
※以下はサムネイルです。原寸画像を見るには何回か左クリックするか、または画像右クリックで別ウィンドウ表示するなどしてください。

IMG_20130110_162159_1.jpg  IMG_20130110_163047.jpg  IMG_20130111_155004_1.jpg

おいおい何ヶ月前に撮った写真やねん‥!ということはさておき、いずれも画質をみてもらうため加工などはせずに撮ったイメージをそのままアップロードしています(もし何か変化していたら Seesaa BLOG のアップローダーの仕業です)

ついでに動画も上げてみました。こちらも加工せず Nexus7 から直接吸い出した動画ファイルそのままです。動画ファイルは H264-MPEG-4AVC の 3gp ファイルになるようです。環境によってはコーデックほか様々な原因で再生できないかもしれません。

Nexus7 のカメラ動画撮影例1(約1.6MB)
Nexus7 のカメラ動画撮影例2(約2.0MB)

動画が横倒しになってますが、どうやら動画については横持ち(ランドスケープ)での撮影しか対応してないようです(上の動画を撮影したときはネクナナ君を縦で持って撮りました‥つまり横向きでしか見れないネクナナ君の目からみると横に寝て撮ってることになります)

写真や動画を撮るときは、先述のカメラアプリを起動した状態でカメラのある面、つまり Nexus7 の液晶面を被写体に向けて撮るわけですが、このとき当然プレビュー表示はよく見る事ができないので勘で大体方向あわせてパシパシと連写してあとでマトモに取れたやつだけ選ぶことになります。

解像度が低いのが幸いしてかシャッターを連打してもちゃんと連写できるのは良いんですけど、タブレットをアッチャへ向けて撮影というやや目立つ格好なので、外でこれやるのけっこう恥ずかしいです。ま、他人は想像以上に自分のことは気にかけてない、とは言いますけどね、やっぱり他人の目が気になります。Nexus7のカメラはやはりSkypeとかのチャット用と割り切ったほうが良さそうですね。


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2013年03月17日

映画『アントニオ・カルロス・ジョビン』の感想

さて昨夜、梅田ガーデンシネマに見に行ってまいりました映画『アントニオ・カルロス・ジョビン』の感想です。

まず、これから見に行くかもしれない人に言っておかないといけないんですけど、この映画、いわゆるフツーの「ドキュメンタリー映画」ではなかったです。

各種媒体での宣伝の要約が「ドキュメンタリー映画」となってるので、ジョビンの生い立ちとか関連の深かった人たちのインタビューとか、そういった説明的なモノを期待してしまうかもしれませんが、そういうモノはこの映画には一切ありません。

この映画は、誇張なしでまったく文字通り、『全編が音楽』です。

昨年度ブラジル映画祭のラインナップにあったエリス・レジーナのドキュメンタリー映画も説明的ナレーションの類を排した内容でしたが──とは言ってもあっちは一応エリスの語りはあるし、そもそもがTV放送の音楽ライブ番組として制作された映像ですけども──こっちは明確に"説明を全廃したコンセプトの映像作品"として作りこまれています。

音楽はフルコーラス流すのもあれば、ブチっといいところで切られてしまうクリップもあってもうちょっと聴かせてよ??と思ってしまいますが、どうやら説明を一切排除するため、元素材にナレーションや文字が出てくる場合は敢えてそこで切ってる(切らざるを得ない)という理由もあるようです。

で、よくよく考えてるみると、そもそも映画の題名においてそのコンセプトがさりげなく主張されていたのでした。

邦題は『アントニオ・カルロス・ジョビン』ですが、オリジナルのポルトガル語の題名は "A Música Segundo Tom Jobim"・・・つまり・・・

"A Música"  ─ 『音楽』

が主役なんですね。で、その主役である『音楽』を "....segundo Tom Jobim"(トン・ジョビンによる)というふうに前置詞 segundo で修飾してるわけです。

"segundo" は、同じ綴りで『2番目の』あるいは『秒(時間)』の意味の単語もありますが、『‥による』『‥に応じて』という前置詞としてもよく使われます(たぶん英語の second と同じルーツをもつ単語)。

ニュース記事なんかで『誰ソレによれば・・・』という表現にこの "segundo" がしょっちゅうでてきます。例えば

"Segundo a PM, homens em um carro passaram pelo local e atiraram contra três pessoas que ..."
訳: "軍警察(PM)によると、1台の車に乗り合わせた男たちがその場所を通過して3人にむけて発砲し・・・"

みたいな感じです。手元の日葡辞書には"Evangelho segundo São Mateus"という例が載っており、これは『マタイによる福音書』の意味です。これらの例から気がつくかもしれませんが、基本的に文語体で使う言い回しです。

ポルトガル語のヨタ話はこれくらいにして、本題にもどります。

この映画は、全編がアントニオ・カルロス・ジョビンの楽曲で満たされていますが、それらは必ずしもジョビンが演奏しているシーンばかりではありません。

それどころか映画の前半は、かなりの部分がジョビンではない人のライブ映像が中心で、それも英語やフランス語、あるいはアメリカのジャズメンによる演奏なども多く取り上げられています。

映画の出だしから何も説明なくダアーッと絶え間なく流れてくる怒涛の映像群は、いずれもかなり貴重なライブ映像とおぼしきものばかりで音楽的なクオリティはもちろんのこと、資料的な価値も相当なものと見受けられますが、ぶっちゃけ一本の映画として見るとやや纏まりに欠けているのではないか?という感じがするかもしれません。

エリゼッチの "Eu Não Existo Sem Você" から始まって、おおよそジョビンのキャリアの時系列にそった流れにはなっていますが、古い白黒映像が出てきたとおもったら急に80年代ぐらいのカラーのビデオ映像になったり、また流れている曲とまったく別の曲の楽譜がカットインされていたり、演奏者の選択についても特に脈略があるようには見えず、ちょっと見パッチワーク的な、つぎはぎな感じがするんですよね。

Youtubeで特定のミュージシャンのコレクションリストみたいなのがよくありますが、ちょうどあんな感じを思い浮かべてもらえると判りやすいです。

途中、演歌歌手のマルシアさんが歌う『イパネマの娘』がでてきて「ウォッ??」とおもわずノケぞりそうになりますが、(当たり前ですけど)ポルトガル語の発音の完璧さにまた「ウォオッ!!」と2度のけぞりそうになりました。

昔、小野リサさんがデビュー前に、彼女の父君がジョビンにハクをつけてもらおうとデモテープを送りつけたことがあったそうですが、それを聴いたジョビンは一言"この娘は天才だっ!!"と叫んだそうです。つまりジョビンは小野リサさんが日本生まれの日本人だと思い込んでいたので、ポルトガル語の発音が完璧すぎてびっくりした、というお話でした(出典は坂尾英矩さんのどれかの本)ジョビンがマルシアの『イパネマの娘』を聞いたらたぶん"この歌手は天才だッ!"と叫ぶような気がします。

そんなこんなで正直なところ見始めは、"もしかしてこれ素材集めだけで時間切れになって、しゃーないからエイヤッと投げてしもたんちゃうやろか・・??"とか下衆のかんぐりをしてしまいました。

しかしこの映画の監督でありブラジル映画の革新運動"シネマ・ノーヴォ"の牽引者でもあったネルソン・ペレイラ・ドス・サントス監督は、こんな私みたいな俗物人間とは、レベルの違う人だったのです。

......

さてここから先は、ポルトガル語がある程度読める人でこの映画を楽しみに観に行こうとしている人は読まないことをお薦めします(ちょっとしたネタバレになるので)。

映画の前半はジャズあるいはボサノバ、軽音楽的なアプローチの演奏が支配的ですが、映画の終わりが近づくにつれて、どちらかというとシンフォニックな演奏スタイルが増えてきます。

これもキャリアの後にいくほどシンフォニックな作風が多くなっていったジョビンのキャリアの時系列と呼応した流れになっているんですが、映画の序盤とはうってかわり、終盤においては映像の選択において明確にストーリー性があらわれていて彼の晩年を象徴するバンダ・ノヴァとジョビン本人を軸にした演奏が続きます。

ラストはジョビンが他界した翌年の1995年のグローボTV局の年末番組における、カエターノ/ミルトン/シコ/ガル/ジル/パウリーニョ・ダ・ヴィオラによる追悼ライブバージョンの "Lamento No Morro"(『モーホの嘆き』)の合唱、そしてそのあと意味ありげな若干の沈黙(たぶん全体を通して音が流れないのはこの瞬間だけです)を置いてから、死去の当年である1994年ニューヨークはカーネギーホールでの、本人によるソロ演奏と英語版『イパネマの娘』をもって映画は締めくくられます。

この "Lamento No Morro" (『モーホの嘆き』)という曲の歌詞は

Não posso esquecer/O teu olhar/Longe dos olhos meus
私は忘れる事が出来ない/君のまなざしを/私の目からははるかに遠ざかった

Ai, o meu viver/É de esperar/Pra te dizer adeus

ああ、わが人生/待つだけの人生だ/君にサヨナラを言うために

Mulher amada/Destino meu/É madrugada/Sereno dos meus olhos já correu
愛された人よ/私の行く先は/それは夜明けだ/私の目の夜露は、もはや流れた

というもので、特に繰り返し出てくる "Não! posso! esss-queee-cerrr! o! teu! o-lharr!" の部分はいかにもジョビンへの別れを示唆したもので歌い手もそれを意識して歌っているに違いありませんが、一方でこの曲は映画の序盤でキャリアのスタートとして引用された、映画『黒いオルフェ』の元ネタとなった戯曲"オルフェウ・ダ・コンセイサォン"におけるヴィニシウスとの共作アルバムの楽曲の一つでもあるんですね。

この一曲をここへもってくることで映画のはじめと終わりがループしている・・というのは監督の狙い通りかどうかわかりませんが、偶然にしてはよくできています。

そしてイパネマの娘のソロを終えて複数の映像素材からコラージュされた大喝采を受けた後、ジョビンが山車の上で踊るリオのカーニバル映像と共に、狂おしいまでに切なく美しい楽曲、"Saudade Do Brasil" が実に効果的に流れてきます。

このシークエンスは、おそらく中盤に出てくるシコ・ブアルキの"Sabiá"が初披露された1968年のTVグローボによる第三回歌謡フェスティバルの映像と意味的に対になっていて(この時"Sabiá"は大ブーイングを受けます‥詳細はググッてporfavor)、ついにジョビンそして彼の楽曲がブラジル文化の一つの象徴として世界の隅々まで行き渡り、栄光とともにブラジルに凱旋した事を象徴していると考えられます。

このエンドロールで流れる "Saudade Do Brasil" は、彼のシンフォニー志向が遺憾なく発揮されたアルバム"Urubu"に収められた曲ですが、この曲はジョビンが自身の師と仰ぎ音楽的な影響を受け、"ボサノバのハーモニーの基本はすべて1940年のヴィラ・ロボスの作品に存在している"とまで言わしめた、リオデジャネイロ出身の偉大な作曲家エイトール・ヴィラ=ロボスをたたえたものともいわれています。

そしてこのクラウス・オガーマン編曲による象徴的で美しい曲のオーケストレーションにのせて、最後の最後にドーンと、この映画で唯一の言葉による主張が語られるんですね。


"A LINGUAGEM MUSICAL BASTA.    Antonio Carlos Jobim"
"音楽的な言葉だけで十分である。
アントニオ・カルロス・ジョビン"


これにはちょっとグッときてしまいました。なるほど・・・そういう映画だったのか、と限りなく美しい曲の余韻にひたりながら何かスゴイモノを見終えた感慨が襲ってくるのですが、ひとつ残念なことに、コレ字幕がありません。

『音楽のみで語る』というこの映画のコンセプト的に、翻訳文はいれたらアカンのかもしれませんが、やはりここは字幕があったほうが良いのではないかな、と思いました。

ちなみに既にお察しでしょうが、この映画、全編通じて字幕や翻訳は一切ありません。いちおう楽曲名と歌手の名前だけは横文字で出るんですが、監督へのインタビューやメイキングの記事を読むとオリジナル版はその演奏者や曲目表示も一切無いようです。

映画終了後にスクリーンにソニーのプレイヤーでおなじみのアレが表示されてたので、梅田ガーデンシネマはどうやらブラジル版ブルーレイディスクをそのまま普通のプレイヤーで流しているようでしたが、プレイヤーのサブタイトル機能をONにしていたのでしょうかね、曲名だけいかにもスーパーインポーズくさいデジタルっぽい文字で表示されてました。

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この映画、とにかくジョビンの音楽が好き、ボサノバが大好き、という人には例外なくお薦めできます。

またジョビンをあまり知らなくても、Youtube で"ボサノバのプレイリスト"なんてのを流しながら寝るのが好き、とかいった人も満足すること間違いありません。

だがこの映画、じつはコレで終わりではなかったのだ・・・そう、背後から第二、第三のジョビンが・・・

ホラー映画みたいな前フリですんません。

この映画についていろいろ検索してみますと、なかなか面白い記事がいくつかでてきましたので、ちょっとご紹介します。

- コレで終わりではなかった!ネルソン・ペレイラ監督のジョビン映画 -

ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス監督は映画界ではもちろん大御所の一人なわけですけども、特にジョビンと付き合いが深かった人というわけでもなさそうですし、監督自身もインタビューで述べていますが特に音楽について拘りがあるというわけでもないそうですが、だったらなんでまたジョビンの映画を撮ろうと思い立ったんだろうか?というのがちょっと謎だったんですけども、じつはこの映画そもそも元ネタ(っぽいもの)があったのです。

ジアリオ・デ・ペルナンブコによる監督へのインタビュー記事(2012/01/20付け)
"Filme sobre Tom Jobim está em cartaz nos cinemas. Leia entrevista com o diretor"
"トン・ジョビンの映画が公開。監督へのインタビューをご覧ください"

- "A música segundo Tom Jobim"というTVマンシェッチであなたがディレクターをお勤めになった番組がありましたが、あれがこの映画のきっかけでしょうか?

「まったくおんなじタイトル名だよね。1984年にマンシェッチ局で番組をつくったんだけど、その番組とおんなじ名前をもう一度使ってみたんだ。」

まあ、なんということでしょう!

まったく同じ名前の番組が、30年前に同じ監督の手によってつくられていたんですね。約1時間の番組4回のシリーズ構成だったようです。実は Youtube を検索するとけっこうこの番組の動画がでてきます。

"A Música Segundo Tom Jobim" - Tom Jobim e Gal Costa (TV Manchete, 1984)


私も今までタイトル名にまで気がいってなくて、レアな映像だなーとか思いつつダラダラみてたのが調べてみたら実はコレだった、っていうオチでした(こういう事よくあります)。

この映画の制作において音楽的な側面での補佐としてドラ・ジョビンが助監督、そして音楽監督をパウロ・ジョビンが勤めていますがで、TVマンシェッチのこの番組他いくつかのTV番組つながりで監督はジョビンとはけっこうコネがあったようです。

先にも述べたように、監督自身あまり音楽に明るくない、とおっしゃってますのでこの映画において映像面はネルソン監督、音楽面はドラおよびパウロ・ジョビンの手による作品、と考えてよさそうです。

いくつかの記事で「ドラ・ジョビン自身も彼女の祖父である Tom Jobim をテーマにした "Vou Te Contar"(『Wave』)という映像作品を監督している」とあるのですが、え?そんなんあるんですか??と思って調べてみますと、2008年にサンパウロのイビラプエラ公園のオカ・パビリオンで開催されたボサノバ50周年記念エキスポ"Bossa na Oca"で上映するために作られた映像作品だそうです。

さっそく Youtube に戻って検索してみますと、はい、動画ありました。



映像作品"Vou Te Contar"の全編ではなく、ハイライトを編集した動画ですが、ドラ・ジョビンが所属している SAMBAFILMES のアカウントが公式に公開しているものです。

この映像作品"Vou Te Contar"に映画『アントニオ・カルロス・ジョビン』でも見たシーンがでてきますが、つまり自身の映像作品用に集めた素材も十二分にソースとして利用した、ということでしょうね。

ちなみにボサノバ50周年記念エキスポ"Bossa na Oca"はこんな内容だったようです。

"Bossa na Oca"を紹介するTV番組


映画『アントニオ・カルロス・ジョビン』でも、同じ曲のバージョン違いが繰り返し何度もでてくる編集でしたが、実はこの"Bossa na Oca"の展示物にも同じ曲をいろんなバージョンで聴ける装置があってなかなか好評だったようです。

さて先述のネルソン・ペレイラ監督へのインタビューでは、こんなことも質問されていました(ていうかインタビューの導入部が実はこっちだったりしますが・・)
- Tom Jobim についての2つのプロジェクトは別々に計画したものでしょうか?それとも一つだったのを最終的に2つに分けてつくることにしたのでしょうか?


まあ、なんということでしょう!!

2つのジョビン映画のプロジェクトが存在していたなんて!


もしかして監督やっぱり素材集めだけで時間切れでエィヤっと投げてしもたから、話をまとめるために時間稼ぎしてから別映画を・・・などと俗物な私はまたも下衆のかんぐりをしてしまいますが、監督の答えはそんな俗物発想を言下に否定します。

監督の答え:
はじめから2つは今あるように、別々のプロジェクトとして立ち上げたよ。1つは3人の女の子達の思い出の時代を語る映画だ。そしてもう一つでは、彼が創造した作品を年代順に並べることで、彼自身の内に秘められた音楽を語ろうとしたんだ。彼の経歴のことについてじゃなくてね。ジョビンの音楽を語る作品なんだ。

その問題のそのもうひとつ映画ですが、これは "A Luz do Tom"(助監督はMarco Altberg)という作品です。このインタビュー時は未完成ですが、既に今年2月にブラジルで公開済みの映画です。

内容は、エレーナ・ジョビン(Helena Jobim, ジョビンの妹さん)、テレーザ・エルマニイ(Thereza Hermanny, 最初の奥さん)、そしてアナ・ロントラ・ジョビン(Ana Lontra Jobim, 2番目の奥さん)という、ジョビンと深い関係にあった3人の女性へのインタビューを中心とした映画です。

今回の映画 "A Música Segundo Tom Jobim" で音楽を、そして"A Luz do Tom" でジョビンの人となりを語り、2つの映画がペアになって最終的にネルソン監督のジョビン・プロジェクトが完結するように、はじめから計画されていたんですね。

公式ではないようですが、Youtube に映画のトレイラー動画もありました(ホント、Youtubeさまさまです)

Trailer A Luz do Tom


エレーナ・ジョビンといえば邦題『アントニオ・カルロス・ジョビン、ボサノヴァを創った男』というタイトルの伝記本を思い出す人も多いでしょうが、この映画"A Luz do Tom" 他でもないこのエレーナさんの伝記本がベースになっているそうです。

エレーナさんの伝記本は原題が"Antônio Carlos Jobim: um homem iluminado"(『アントニオ・カルロス・ジョビン:輝ける人』)といいますが、この映画はこの本のタイトルからとった "A Luz do Tom"(『トムの輝き』)というタイトルになっています。

"Luz"(光), あるいは"iluminar"(照らす)という単語は、ビジュアル的に光り輝くイメージのほかに、聡明な感じ、知性、といった意味合いがあるので、ジョビンを扱う映画のタイトルとしては正にふさわしいものといえます。

伝記本ではジョビンの音楽がどれほど自然や森と結びつきが深かったか、ということが繰り返し語られますが、この映画でも彼が過ごした情景と雰囲気を伝えるべくほとんどのパートをフロリアノポリスの森と自然の中で撮影したそうです。

そして"A Luz do Tom"は今回映画館でみた"A Música Segundo Tom Jobim"と対称的に、オーソドックスなインタビューや語りによって構成されたもので、これによって今回の映画"A Música Segundo Tom Jobim"を補完する役割となっているのです。

なので、2つは別々の映画ですが、バックトゥーザフューチャーパート2と3みたいなもので、両方見ないと監督の意図は完全には伝わらないのですね。日本で何時公開されるかわかりませんが(こんどは翻訳者が必要になりますし)、公開されたら見ずにはおれませんね。バックトゥーザフューチャーを2だけみて満足する人はいませんから。

うむ!ネルソン監督、商売うまいな!(どこまでも俗物な私です)



この映画に関する追加情報をあと一つ。

なぜこの映画に、ジョビンを語る上で欠かせないと思われる「ジョアン・ジルベルト」の映像がでてこないのか?
理由:
「ジョアンは自身のドキュメンタリー制作の独占契約をプロデューサーと結んでいて、他の映画への参加ができない」
Sunrise Musics による記事

だそうです。ジョアン御大の場合なにもかもが実際に起きるまで何もわからないので、本当にそんなドキュメンタりーが制作されるのかどうか何とも言えないとこがありますが、もし本当ならこれも大注目ですね。
posted by blogsapo at 22:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | MPB, BossaNova | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月16日

映画「アントニオ・カルロス・ジョビン」in大阪

表題の映画ですが、東京で上映されているのは知っていたのですが、こんなマニアックな映画、どうせまた上映するの東京だけでしょっ?・・政治は??東京・・ビジネスは??東京・・ファッションは??東京・・・東京・・東京・・・・・でもソースは関西!ソースは関西!!ソースは関西!!!!by オリバーソース(古いCMです)とか、勝手に大阪では上映してないものだと思い込んでいましたが、実は上映していました。

まんまヒネリなしの邦題『アントニオ・カルロス・ジョビン』、原題は"A Música Segundo Tom Jobim"というこの映画。

公式トレイラー(ポルトガル語)


1年ぐらい前のアーティクルでもチョロッとご紹介しましたが、ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス監督とドラ・ジョビン(Dora Jobim)監督の手による、ボサノバ創始者の一人であるマエストロことアントニオ・カルロス・ジョビンのドキュメンタリー映画です。

ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス監督は、ブラジル版ヌーヴェルヴァーグみたいな映画の革新運動であるところの「シネマ・ノーヴォ」の中心人物だったといわれる方だそうです。たしかに、彼の出世作である『リオ40度』(Rio, 40 Graus)、代表作『乾いた人生』(Vidas Secas)は2年前の『シネマ・ノーヴォ特集』のラインナップにも入っておりました。

シネマ・ノーヴォは1950年代から60年代に活発に立ち上がってきた運動だそうですが、この時期はまさにボサノバ誕生の時期とも重なっておりますね。やはり時代感覚的な意味において、両者はなにか繋がってるモノがあるんじゃないでしょうか。ジョビン映画をネルソン・ペレイラ監督が手がけるのは、もちろん映画のハク付けやらなんやら色んな大人の事情もありつつ、根っこのところには当時感じた時代精神の共感や感覚の共有、といったモノがあったりするのかもしれません。

ネルソン・ペレイラ監督がビッグネームなのでもう一人の監督であるドラ・ジョビンの名前がイマイチ前にでてきませんが、ほかでもない映画のテーマであるところのジョビン御大の孫の方です。

今回の日本における上映は『大人の音楽映画祭』というイベントの一環で、そのイベントの公式サイトはこちらになります
『大人の音楽映画祭』公式サイト

公式サイトをみると、イベント自体は4/12(金)になってますが、それは全部の映画ひっくるめたイベントの話で、映画『アントニオ・カルロス・ジョビン』の上映は大阪では来週の金曜3/22までなので注意です(東京上映は既に終了しています)。

しかも、大阪は梅田スカイビルにあるガーデンシネマでやってますが、一日中やってるわけではなくこの土曜からは一日1回上映(20:45-22:15)しかやってないみたいなので、注意です。

梅田ガーデンシネマ『アントニオ・カルロス・ジョビン』の上映スケジュール

私は明日(というかもう今日だけど)にみにいこうかな、と考えております。
posted by blogsapo at 01:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | MPB, BossaNova | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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