2012年10月26日

アーザ・ブランカ - もうひとつのブラジル国歌

映画『バイアォンに愛を込めて』では、映画の主役であるウンベルト・テイシェイラとルイス・ゴンザーガの共作である "ASA BRANCA"(アーザ・ブランカ)が繰り返し何度も何度も使われていましたね。

この曲はバイアォンの代表曲のひとつであると同時に、ブラジル人のほとんど誰もが知ってる国民曲のひとつでもあります。ボサノバの超有名曲の『フェリシダージ』は知らないというブラジル人でも、この曲はたいてい知っています。そのぐらい有名な曲です。

このことから 「第二のブラジル国歌」などと呼ばれることもあります。他にもブラジル人の誰もが知ってる曲としては、ピシンギーニャの『カリニョーゾ』とかシュシャの『アベセダリオ・ダ・シュシャ』とか、ミッシェル・テローの『アイ・シ・エウ・チ・ペゴ』とか‥まあ探せば意外にたくさんあって"第二のブラジル国歌"の冠もついてたりするのですが、総合的な知名度、ブラジル人とくに北東部の人々が『アーザ・ブランカ』へよせる敬愛の念に鑑みてこの曲が第二国歌ランキングのかなり上位にいるのは間違いありません。

なぜこの曲がこんなにもブラジル人に愛されているのか、このエントリではその秘密について、ポルトガル語雑学を書き散らしながら探ってみようと思います。


映画『バイアォンに愛をこめて』でも語られていますが、最初にこの曲が新曲として出てきた当時は"バイアォン"というジャンル自体がブラジルのマスメディアにとって斬新な存在で、その音楽的な斬新さが引き金となって流行したという側面があります。後のボサノバなんかと同じように「ナニコレ??ナウでヤングでイケてるじゃん!」ということで流行ったわけです。

どういう音楽でも大流行のあとにはどうしても下火がありますが、バイアォンは後発の音楽に席をゆずりつつもブラジル音楽におけるコアジャンルとしての地位を確立し、現代に至るまで影響力を保ち続けることになります。

たとえば、一見バイアォンからは遠い存在にみえるボサノバですが、ボサノバの楽曲にもしばしばバイアォンの影響を見て取ることができます。

たとえばA.C.ジョビンのガブリエラ(Gabriela, アルバム『パッサリン』他に収録、オリジナルはジョビンが映画用に作曲したサウンドトラック)という曲があります。

全体としてはしっとりとした語りかけパターンの曲ですが、ラスト付近のリフレインであまりボサノバ的ではない早いリズムやメロディラインがでてきます。これがまさにバイアォン、あるいはフォホーといった北東部音楽的なモチーフ/リズムなんですね。



この『ガブリエラ』はバイーアの田舎の女性が主人公なので、ちょっと北東部的な何かを取り入れてみました、ということなのかもしれません。ただ、歌詞は "Todo mundo sambar"(みんなサンバを踊る)で結局サンバなところが、やはり根っからのカリオカ(リオ出身)のジョビンというところでしょうか。

日本でもファンが多く私も大好きなMPBミュージシャンの一人であるイヴァン・リンス、彼はいかにもカリオカ系ミュージシャンなのに、バイアォン的な北東部のリズムやサウンドを好んで使うように見受けられます。もちろん彼の音楽の基本スタイルは"ボサノバ後継としてのMPB+欧米モダンミュージック"のフュージョンスタイルですが、彼の楽曲ではしばしばアコーディオン風なシンセサウンドを使いフォホーっぽいリズム・メロディによるアレンジをつけることがあります。

そのほかにも、MPB系のミュージシャンでボサノバやサンバ系とされている人でも楽曲においては多かれ少なかれ必ずバイアォン、フォホー的な雰囲気の曲やアレンジを耳にするのが普通です。

- ポルトガル語の拡大辞と縮小辞 -

ところで"バイアォン"という名称ですが、ポルトガル語を少しかじっていると "BAIÃO" という綴りから「‥ん?もしかして北東部の地名の BAHIA と関係あるんでは?」と思ったかもしれません。‥というか、私は思いました。

つまり綴りの最後が "-ÃO" となっているので拡大辞なのでは?という連想が浮かぶわけです。拡大辞(aumentativos)というのは、名詞や形容詞の末尾にくっついて「図体がでっかい」とか単語の強調として「ものすごく○○」の意味になるものです。例をあげましょう

・sapo(カエル)sapão(こんな感じのやつ
・dinheiro(お金) dinheirão(大金)
・casa(家) casarão(豪邸)
・homem(人間、男) homenzarrão(大男) または homenzarão, homenzão
・burro(アホな人、動物のロバ)burrão(ドアホな人、でっかいロバ)
・amigo(友達) amigão(親友) ※ 「図体がでかい友達」の意味にはならないので注意

基本、名詞あるいは形容詞の末尾を -ão や -zão に変えますがたまに微妙に綴りが変わるときがあります。また注意しないといけないのが、元が女性名詞でも拡大辞 -ão, -zão をつけた場合は男性名詞になります(a cabeça → o cabeção, a casa → o casarão など)

たとえば、

 Uma mulher estava cantando. (とある女性が歌っていた)

の mulher に拡大辞をつけて

 Um mulherão estava cantando. (とある大女が歌っていた)

となるとこれは男性名詞です。

ナヌッ!図体のでかい女は男扱いすんのかッ!と怒られそうな感もなきにしもあらずですが、もちろんその人の生物学的なセクシャリティは女性のままです。あくまで文法上の都合の話です。

文法上、名詞にかかる形容詞の性別は一致しないといけないので、文の組み立てにおいて不都合がおきないように拡大辞には別に女性形の単語もあることが多いです。例えば mulher の場合は mulheraça, mulherona という女性名詞があります。女性形の拡大辞は -ona, -ça がつくことが多いです。

縮小辞(diminutivos)の場合は、性別ごとに -inho -inha を使い分けるのが基本で、むしろ性別を交換して変えてはいけないのが明確なので、拡大辞のほうが微妙に面倒かもしれませんね。

また縮小辞・拡大辞ではしばしばオリジナル単語の意味を離れてしまって全然意味が違う単語になってしまうことがあるので、むやみにルールどおりくっつけて自分が思ったとおりの意味になってると思うとエラい目にあいます。ここは要注意です。

文法上のルールは過信せずに、縮小辞あるいは拡大辞つき単語を誰かが実際に想像したとおりの意味で使ってるのを確認してから自分でも使うようにしたほうが無難です。

言っている意味がよくわからない人のために、面白クイズを書いておきましょう。

Q.1 camisa (シャツ)これに縮小辞をつけると・・・?
Q.2 sapato (靴)これに拡大辞をつけると・・・?

答えは下のほうにあります。

- なぜバイーアは「バイーア」なのか? -

"BAIÃO"と"BAHIA"の話に戻しますと、元の綴りの"BAHIA"(バイーア)は "H"(アガー)がついていますがこの "H" は発音しませんので、発音上は「湾」という意味の単語 "BAÍA"(バイーア)と同じになります。で、もしこの "BAÍA" に拡大辞をつけたとすると、"BAIÃO" になるだろう、というわけです。

ところで"バイーア"はなんで "BAHIA" なんでしょうね??どんな土地でも土地の名前には必ず由来があるはずです。

例えば次回オリンピック開催地であるところのリオ・デ・ジャネイロ(RIO DE JANEIRO)は直訳すると「1月の川」の意味ですが、これはポルトガル人探検隊が1月にかの地に到着し、グァナバラ湾を川と勘違いしたのでこの名前になったんですね。

バイーアの地はポルトガル人が最初にブラジル植民の拠点とした場所で、まず "baía de Todos-os-Santos"(トードス・オス・サントス湾)を臨む沿岸に移民村が建設され、これが発展して後のブラジル植民地主都、そして現在のバイーア州都となるサルバドール市となりました。

このブラジル最大であるだけでなく世界で第二位の広さを誇るトードス・オス・サントス湾は、この湾を発見した1501年11月1日が、キリスト教における「諸聖人の日(Dia de Todos-os-Santos)」であったため、この名前がつけられました。

そして早い時期からこの周辺の土地は"バイーア"(湾)と呼称されるようになっていたらしいです。しかし先に述べたとおり"バイーア"の綴りには普通名詞の「湾」と違って "H" が入っています。なぜでしょう?

Wikipedia の日本語版ページをはじめ、日本語の情報ではわりとあちこちで「この理由はあまりよく判ってない」という説明をみかけますが、私が改めて調べてみたところ(といってもビール片手にピーナツをボリボリやりながらグーグル先生に聞いてみただけですが)こんな説明がありました。

バイーアの綴りの由来の解説その1

バイーアの綴りの由来の解説その2

この説明によりますと、昔のポルトガル語では母音接続、簡単に言うと2つの母音が続く場合は綴り上、母音の間に "H" を挿入する文法だったようです。これが時代が下るに従い "H" の代わりにアクセント記号で表記するようになったとのことです。

例:
sahida(→ saída, 出口)
pirahi(→ piraí, 生皮の鞭、インデオの言葉で小魚)
jahu(→ jaú, 大なまず、吊り足場)


"baía"(湾)もこの例で、昔の綴りでは "bahia" と表記していたんですね。しかも上の説明に従うならこの土地だけでなく、一般に「湾」という普通名詞を表記する場合もすべてこの綴りだったと考えられます。

時代が下るにしたがって、普通名詞の"バイーア"つまり「港」は "H" の代わりにアクセント記号で表記するようになりましたが、"バイーア"の土地の名前は伝統的な綴りを保存して "Bahia" となった、というわけです。

もちろん現代では「バイーア州」の "Bahia" において "h" を抜くことはできません。こういう固有名詞となったからです。ジョアン・ジルベルトの歌にもありますね "Bahia com H" (H という字がある綴りのバイーア、という意味)と。

さて脱線しまくってますが、ぶたたび "BAIÃO" に話を戻します。

- で、結局 BAIÃO の名前の由来は?? -

いきなり腰砕けですが、調べたところ実は "BAIÃO" の名前の由来の明快な答えはないことが判明してしまいました。

もっとも、こういった古い民族的背景をもつ音楽では当然のことですね。例えば "samba" も同様にある程度の経緯はわかるものの、いつ誰がその単語を発明したか?となると正確なところはもはや誰にもわからない、というのが実際です。

ただある程度「こうだったんではないかなー?」という推測はできます。1972年のルイス・ゴンザーガへのインタビューによると「バイアォンは私がテイシェイラと始めたときには既に地域の音楽としては存在しており、また"バイアォン"という名称も存在していた」ということです(参考リンク)。

同じインタビューで彼は"バイアォン"という名称のルーツについて「"baiano"からきているという人は何人かいたし、また"大きな湾"が語源だ、という人もいたね」と述べています。

ここで "baiano" (バイアーノ)というのは「バイーア出身の」という意味ではなく、バイアォンの前身として流行した北東部の音楽ジャンルのことを指します。そしてこの音楽の名称 "baiano" は地域名 "Bahia" から来た単語ではなく、「踊る」という動詞の "bailar", "baiar" から発生した、とされています。

音楽的にいっても "baião" は "baiano" の申し子であり、その "baiano" は "baiar", "bailar" の単語から発生しているので、最初に想像したように固有の地域名 "Bahia" と関係あるかといえばおそらく関係ない、といってよさそうです。

- ところでアーザ・ブランカってどんな鳥? -

さて、いよいよ "ASA BRANCA" を見ていきましょう。

たとえばテレビ番組で、皮ジャンを着たゴッツいおっさんの乗るハーレーダビッドソンがUSAのだだっぴろいフリーウェイを疾走していると、なんとなく"BORN TO BE WILD"が流れてくるイメージありますよね。

またニュース番組でサッカーの試合のカットシーンつなぎが出ると、なんとなく "サンバ・デ・ジャネイロ" が流れてくるような気がしてきます。ちなみにこの "サンバ・デ・ジャネイロ"、この有名なトラックをつくったのはベリーニというドイツ在住のドイツ人グループです。この曲はサンプリングによる構成なのでオリジナル曲があり、それは Airto Moreira の "Tombo in 7/4" という曲です。興味ある人は一度調べてみると面白いですよ。

同様にブラジルのTV番組で、荒れた原野と牛、カウボーイがでてくると自然にかかってきそうな曲、それがこの "ASA BRANCA" です。

"ASA BRANCA" を直訳すると『白い翼』。荒れ果てた田舎の土地では生活することができず、女性に別れを告げて都会へ出て行く、そんな望郷の念を歌った曲です。

なんかこう、白くて立派なタカのような鳥が、荒れ果て乾燥した原野の雲ひとつない青空の高みをスススーっと滑空していくイメージがわいてきますか‥?

実はこの曲のタイトル 『アーザ・ブランカ』 は、シコ・ブアルキとジョビンの『サビアー』という曲と同様、実在の鳥の名前からとっています。どんな鳥なんでしょうか?ちょっとポルトガル語版のWikipediaから画像を引用してみましょうか‥

"Asa-branca"のポルトガル語版項目リンク

pomba-asa-branca.jpg

はい、こいつです。

えええええーーー?????どこが『白い翼』やねん!!!!
 ‥‥‥と騙されたような気になった人はけっこう多いはずです(笑)

たしかに羽の先っちょのほうが白いですが‥まァぶっちゃけパッと見、さえないルックスの鳥ですよね。この単語は『白い翼』というよりは本当は「ホオジロスズメ」みたいな名前と同じたぐいの『シロツバサ鳥』という意味合いなわけです。

一般に asa-branca あるいは pomba-asa-branca と呼ばれていて、ハトの一種だそうです。主に荒野に住んでいるイメージがあるようですが、実際には日本のカワラバトと同様、街でも森でも山でもどこでもいる鳥で、要するにとりたてて珍しい鳥ではなく身近な「ハト」なんですね。

- アーザ・ブランカ歌詞分析 -

それではいよいよ "ASA BRANCA" の歌詞についてみていきましょう。

曲名でググル検索するとトップにでてくる、ブラジル人がよく使う歌詞データベースサイトに、ブラジル人が書き出したと思われる"ASA BRANCA"の歌詞があります。

この曲ではまず、ポルトガル語の発音が特徴的なのに気がつきますよね?この歌詞サイトでは、あえて"正しい綴り"ではなくブラジル人が耳で聞き取った、音を写した綴りが書かれています。

まず最初の2行

Quando "oiei" a terra ardendo
Qual a fogueira de São João


字面だけみると "oiei" ってコリャなんじゃ??辞書にもないぞっ!! と混乱しますが、これは "olhei"(見た)という単語を、歌の舞台になっている北東部の田舎訛りの発音にするとこうなるわけです。

実際オリジナルの Luiz Gonzaga のバージョンではこの通りに発音しているのがわかります。 "terra" も普通は"テーハ"ですけども、ちょっと巻き舌がはいった土地風の発音になっています。

導入部の、この独特の発音だけで、もう歌の雰囲気・世界観がガチっと固まるところがじつによく出来ています。まさに「ツカミはオッケー(死語?)」って感じです。

導入部の歌詞の意味は「まるでサン・ジョアンの焚き火みたいに焼けつく土地を見たときに」ってことです。サン・ジョアンは英語でいうセント・ジョーンつまり聖ヨハネですが、この歌詞ではブラジルでクリスマス、イースターとともに三大イベントのひとつとされる"フェスタ・ジュニーナ"の典型的なイメージであるところの大きな焚き火のことを言っています。

そしてこの"フェスタ・ジュニーナ"というのがまた"田舎のイメージ"のお祭りなんですね(お祭り自体は特に田舎だけのモノというわけでなく都市でも、日本のブラジルコミュニティでもやります)

さて「焼きつくされるわが郷土をみた時に」どうしたのか、それが次に出てきます

Eu perguntei a Deus do céu, ai
Por que tamanha judiação


続きはこうです。「おいらはお空の神様に訊いたんだ、アー、なんでまたこげな酷い仕打ちなんだべさ、と」

"Deus" はもちろんキリスト教の神様のことです。ポルトガル語ではキリスト教の神様は冠詞をつけず、大文字から書かなければなりません。

"ai" は悲嘆などをあらわす感嘆符みたいなものですが、特に意味もなく「やーれやれ」みたいな言い回しとしても使います。またブラジル人が痛いときには"Ai!"(イテッ!)といいます。

ここまでの数行の歌詞と独特の発音でもって、歌の主人公が北東部乾燥地域(セルタォン)の田舎の出身であり地元で真面目に善良に生きてきた普通のカトリック教徒であって、灼熱の故郷に雨が降るように神様にお願いしているのにまるで報われない、その苦しみを歌っているという情景が一気に描き出されるわけです。見事ですね。

この後、乾燥と灼熱で作物は何もかも枯れ果てて、持っていた家畜は全て死んでしまったという話が続きます。"fornaia"(=fornalha), "farta"(=falta), "prantação"(=plantação)と土地の訛りを駆使しつつ、"Por farta dágua morreu meu gado" ではなく "perdi meu gado"(私は家畜を失った)と一人称で表現することで、「主人公は家畜を飼って生活していたのにそれらを全部失った」という状況を簡潔に表現しています。

続くフレーズが、歌のクライマックスです。ここでポルトガル語的にちょっと面白い単語が出てきます。

Inté mesmo a asa branca
Bateu asas do sertão


「とうとうアーザ・ブランカ(ハト)も、このセルタォン(北東部の荒野)から去ってしもうた」

"Intonce" eu disse, adeus Rosinha
Guarda contigo meu coração


「んだもんで、おいらは言ったんだ、"さようならロジーニャ"と」
「おいらの心はおまえさんとずっといっしょにいるからね、と」

"Inté" というのは普通にいう "Até" のことです。日本の辞書を見ると「Até の古語」となっていますが、実際には今でもこのアーザブランカの舞台となっているようなペルナンブッコあたりでは使うそうです。

"Intonce" も同様に "Então" の田舎風の言い回しです。"Intonce"は"Intoces"あるいは"Intônce"とも表記・発音されます。

"Bateu asas" これは決まった言い回しで、鳥がどっかへ飛んで行っちゃう(foi-se)、ていう意味です。

"bater" は「叩く」という動詞で、たとえば手をパチパチパチと叩く(拍手する)のを "bate palmas" といいます。

"asas" は両翼(asa の複数形)ですから愚直な直訳では「両翼を叩きあわせる」ですが、"bater asas"はつまり「羽ばたく」という意味の表現なんですね。例えば

"As gaivotas podem voar sem bater as asas."

この文の意味は「カモメ達は羽ばたかなくても飛ぶことが可能だ」そしてこの場合は「羽ばたく」の意味ですが、

"A gaivota bateu asas."

となると「そのカモメは飛んでどっかへ行ってしまった」という意味になります。基本、過去形になると「飛び去った」という意味合いが強くなる感じです。

さて、この節のイントロでいよいよ歌のタイトルである『アーザ・ブランカ』がでてきます。日照りと乾燥で作物も枯れ家畜も死に、そしてアーザ・ブランカつまりハトまでが乾燥に耐えられずどこかへいってしまった。

先に画像で見たように、アーザ・ブランカはカッコよくてシュッとした猛禽でもなく白鳥のように美しい鳥でも孔雀のようにきらびやかな鳥でもなく、そこらの野原に住むごく普通の地味なハトです。つまりこの鳥は、このセルタォンで生まれ育ち暮らしてきた主人公の象徴なんですね。だからこそ、この歌のタイトルは "ASA BRANCA" なんです。

そして去ったハトに自分を重ねるように、主人公も決意をします。愛する Roshina さんに別れをつげてどこかへ稼ぎにいかなければならない。別れは告げるけど、心は決して Rosinha さんからも、そしてこの故郷の地からも離れはしない。

ところでその Rosinha さんて誰??? まあ歌詞なんで、はっきり誰ということはなく普通に考えるとたぶん主人公の妻であろう、ということになるわけですけど、ルイス・ゴンザーガは他にも、そのものズバリの "Rosinha" という歌や、"O Casamento da Rosa"(ローザの結婚)という曲を歌っていて、彼にとってタダナラヌ存在である誰かの名前であることは明らかです。

じつは彼の歌によくでてくるこの "Rosinha" は、ルイス・ゴンザーガの娘さんの Rosa Maria だと言われています。Rosa + 縮小辞で Rosinha つまりローザちゃん、ということです。

続くフレーズでは動詞の時制がギュッと現在に引き寄せられ、故郷を遠く離れたいま現在の状況を歌っていることがわかります。

Hoje longe, muitas légua
Numa triste solidão


「今は遠く何レグアも離れたさびしい孤独の中で」

Espero a chuva cair de novo
Pra mim vortar pro meu sertão


「おいらを故郷へもどしてくれるその雨が再びセルタォンに降るのを待ってるんだ」

"Hoje" は「今日(today)」という単語ですが、「今は」という表現としてもよく使われます。"Hoje em dia" というフレーズは「今日では」「現代では」という意味の定型フレーズです。

"légua"(レグア) は昔のポルトガル・スペイン勢力圏で使われていた距離の単位で、語源はイギリスの「リーグ」と同じだそうです。国や時期によって値が微妙に異なるらしいですが、ブラジルでは6600メートル=1レグアとされています。

ここまで「乾燥でどうにもならず愛する人に別れをつげた」という過去を歌ってきたわけですが、この一行によって実ははじめから自分が歌っている今この場所は故郷を遠く離れたどこかの地(おそらく都市)であったことが一瞬でわかるわけです。

"Pra mim vortar(voltar)" もちょっと田舎っぽい言い回しで、厳密にいうと文法的に間違いで本当は "Para eu voltar" なんですが、けっこう使う人は多いそうです。この形のときに "Pra mim" を使うのはわりと内地の人が多いそうなので、昔は普通に正しい表現だったりするのかもしれません。

そしてラスト、締めくくりの節です。

Quando o verde dos teus "óio"
Se "espaiar" na prantação
Eu te asseguro não chore não, viu
Que eu vortarei, viu meu coraçao


「いいかい、農園におまえさんの目のような緑がもどってきたら」
「そしたらおまえさんに約束するよ、もう泣かなくていいんだと」
「かならず帰ると約束するからね、おまえさん」

"viu" は口語や歌詞においてものすごくよく使われる表現で、愚直な直訳では「見た/会った/判った(いずれも三人称)」ですけどももちろんそういう意味ではなく、単に語呂をよくするために付け加えたり、相手をさとしたり、語りかけたり、いろんなケースで文末に付け足します。

文末に"viu"が出てきた場合それをいちいち翻訳する必要はなく、極論すれば無視してもだいたい文意は変わりません。が、"heim", "né", "tá?", "entendeu" などこの種の、意味もなく文末にやたらついてくる表現はポルトガル語の、とくに口語の場合は頻繁に出てきてそれが調子を整えニュアンスを伝えるので、ネイティブの感覚を身につけるには覚えるというか、本能的にこのノリが身につくようにがんばって訓練していく必要がありそうです。

"o verde dos teus "óio"(olhos)"  はそのまま訳すと「あなたの目の緑」ですが、"se espaiar(espalhar) na plantação" 「農園に広がる」と続きますので、文意は「農園に緑がもどってきたら」ということです。

最後の "meu coraçao" は明確な目的語や主語ではなく、歌でよくある "meu bem" なんかと同じ一種の語りかけですが、これは3つぐらいの意味がかかっていると思われます。まず望郷の念にさいなまれる自身の心、そして故郷で待つ Rosinha さんのこと、そして懐かしい故郷の土地そのものです。

ラストの数行のフレーズで「いつかは必ず故郷にもどるんだ」という固い決意、故郷や故郷で待つロジーニャさんへの深い愛情を表明して曲は締めくくられます。


こうしてみると、各々の表現はこんなにもシンプルで具体的な固有名詞はほとんど何もでてこないのに、明らかにある特定の土地に関連した特定の人々の状況の歌であることがクリアーにわかるようになっており、しかもそんな土地に根付いたローカルな題材を扱っているのにもかかわらず結果的には誰にも通じる普遍性のあるテーマになっている、というよくできた構造なのがわかります。

『アーザ・ブランカ』は、ブラジル文化のルーツとなる歴史背景、音楽スタイル、歌詞の内容、そして独特の発音、これらが全部がシンプルにコンパクトにまとめられていて普遍的に心に──とくにブラジル人の心に──共感するものがある、それゆえに『ブラジルの第二の国歌』と呼ばれるほど長く愛され続けている、というのがなんとなく判るような気がしますね。

いい歌です。



Q.1 答え
camisa + inha → camisinha
子供用のちっちゃい服とかカワイイ服のことかな〜・・いやいやいや、とんでもないです!!
camisinha とは「コンドーム」のことです

Q.2 答え
sapato + ão → sapatão
ジャイアント馬場の靴ではありません(古っ!)。ブラジルではふつう"sapatão"は「女性同性愛者」のことを意味します。




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